『裁判長の泣けちゃうお説教』 (長嶺超輝/河出書房新社 )第5回【全10回】
【はじめから読む】炎の中から救助された80歳の男性。号泣し口にした「死ねなかった...」の一言
「人を裁く人」――裁判官。社会の影に隠れ、目立たない立場とも言える彼らの中には、できる限りの範囲で犯罪者の更生に骨を折り、日本の治安を守ろうと努める、偉大な裁判官がいます。
30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の著者、長嶺超輝さんによる一冊『裁判長の泣けちゃうお説教: 法廷は涙でかすむ』(KAWADE夢新書)は、そんな偉大で魅力あふれる裁判官たちの、法廷での説諭を紹介。日本全国3000件以上の裁判を取材してきたという著者による「裁かれたい裁判官」の言葉に、思わず「泣けちゃう」こと間違いなしです。
※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。
夜が明けるまで殴る蹴る。つづいて約1週間にわたる育児放棄......。「ひとりの母親」として、裁判官は涙ながらに何を問いかけたか?
[2010年10月7日 横浜地方裁判所]
飢えに耐えかねた男の子
深夜、コンビニの店員に対して、ある客からクレームが入りました。
買い物をしながら10分以上も待っているのに、トイレがなかなか空かないので、なんとかしてほしいというのです。
店員は「大丈夫ですか?」と声をかけながら、店の奥にひとつだけあるトイレ個室の扉を何度も叩きつづけます。
鍵を外す音とともに、開いた扉の向こうで立っていたのは、小さな男の子。
商品のおにぎりを何個も食べつくした形跡があり、裂けた包装のビニールがトイレの床に散乱しています。
そのおにぎりは、まだ会計をすませていませんでした。
店員からの通報を受けて駆けつけた警察官は、おにぎりを万引きしたのが小学生だとわかり、補導をして家に帰すつもりで取調べを進めていきます。
すると男の子は、「お母さんに蹴られるのが嫌で、何か食べたくて、家を出てきた」と、虐待被害をほのめかす話を始めたのです。
その全身には、激しい暴行を受けた痛々しい傷跡やあざがいくつも見つかりました。
その当時、男の子は1週間近くにわたって、何も口にしていなかったそうです。
ひどい空腹に耐えかねて「このままでは死んでしまう」と、恐怖に震えた男の子は夜おそく、家族みんなが寝静まるのを待って、こっそり自宅を出ました。
暗闇の中に見えるコンビニのネオンを頼りにして、店に入るやいなや手当たりしだいに食料品をポケットに入れると、トイレへ駆けこんで鍵をかけ、必死にむしゃぶりついたのです。
後日、男の子の父親と、同居していた女が、傷害の共犯の疑いで逮捕されました。
自宅で人知れず、男の子に繰り返し暴行をふるっていた実行犯は、血のつながっていない同居の女のほうです。
その暴行を、実の父親は黙認していたといいます。
容疑者のふたりは、籍を入れずに同居し事実婚の状態でした。
過去に離婚したなどの理由で、それぞれ複数の子どもがいて、ひとつ屋根の下に7人で暮らしていました。
ただ、容疑者ふたりは、義務教育の年齢にある子どもたちを、ほとんど学校に通わせていなかったというのです。
「警察が騒ぐことじゃない」と開きなおる女
ある日、スーパーの惣菜売り場で買ってきて、冷蔵庫に入れておいた「鶏の唐揚げ」を、男の子はつまみ食いしました。
それが女に見つかってしまいます。
異様なほど腹を立てた女は、男の子を台所の板張りの床に正座させ、夜間から翌朝にかけ約10時間にわたって木刀で全身を殴りつけたり、首を絞めたりする激しい暴行をくわえ続けました。
その後、さらに罰として1週間近くにわたって、いっさいの食事を与えていなかったのです。唐揚げをただ、つまみ食いしただけなのに......。
本稿の「名裁判」の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・共同通信・時事通信・北海道新聞・東京新聞・北國新聞・中日新聞・西日本新聞・佐賀新聞による各取材記事を参照しております。
また、各事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。裁判記録を基にしたノンフィクションとして、幅ひろい層の皆さまに親しんでいただけますことを希望いたします。