1週間子どもに食べ物を与えず、逮捕された両親。憤りを抑えきれない裁判官の「異例の問いかけ」

『裁判長の泣けちゃうお説教』 (長嶺超輝/河出書房新社 )第6回【全10回】

【はじめから読む】炎の中から救助された80歳の男性。号泣し口にした「死ねなかった...」の一言

「人を裁く人」――裁判官。社会の影に隠れ、目立たない立場とも言える彼らの中には、できる限りの範囲で犯罪者の更生に骨を折り、日本の治安を守ろうと努める、偉大な裁判官がいます。

30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の著者、長嶺超輝さんによる一冊『裁判長の泣けちゃうお説教: 法廷は涙でかすむ』(KAWADE夢新書)は、そんな偉大で魅力あふれる裁判官たちの、法廷での説諭を紹介。日本全国3000件以上の裁判を取材してきたという著者による「裁かれたい裁判官」の言葉に、思わず「泣けちゃう」こと間違いなしです。

※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。


1週間子どもに食べ物を与えず、逮捕された両親。憤りを抑えきれない裁判官の「異例の問いかけ」 pixta_99750323_M.jpg

夜が明けるまで殴る蹴る。つづいて約1週間にわたる育児放棄......。「ひとりの母親」として、裁判官は涙ながらに何を問いかけたか?
[2010年10月7日 横浜地方裁判所]

【前編を読む】コンビニで万引きをした小学生男児「お母さんに蹴られるのが嫌で...お腹が空いて」

取調べでも、女は開きなおった態度で「多少、手を出したこともあったかもしれないが、たいしたことはない」「警察が騒ぐようなことじゃない」などと答えています。

実の父も「噓が多く、手癖が悪いやつなので、いつか、少年犯罪を起こすのではないかと不安だった。しつけの一環だ」と、虐待を正当化する供述を繰り返しました。

ふたりの言いわけや自己弁護がただひたすら綴られた供述調書に目をとおし、法廷で涙を流したのは、担当の香川礼子裁判官でした。

「私にも、被害者と同じ年頃の子どもがいます。この裁判をきっかけに、いままでの子育てを思いだし、私自身も反省しながら事件と向き合っています」

そのように身の上を告白すると、異例の問いかけを始めました。

「被告人両名。あなたたちは、息子さんのいい部分に目を向けていましたか。息子さんの長所、いいところを3つ、いってみてください。いえますか?」

被告人のふたりは答えに詰まり、黙ったまま突っ立っています。

香川裁判官は、さらにつづけます。

「お父さん。あなたは、息子さんの噓が多いといいましたね。でも、なぜ噓をついたのか、考えたことはありますか?」

「子どもの言動の裏には、そうせざるをえない理由があったのではないでしょうか。親がふたりとも怒ったら、子どもは逃げ場がありませんよ!」

涙声の叱責が法廷の壁にわずかに反響し、続いて沈黙が張り詰めます。

自身も「ひとりの母」として渾身の説諭をした裁判官

しばらくして、香川裁判官がふたりの被告人にふたたび問いかけました。

「『子どもは親の鏡で、子どもをみればどういう家庭で育ったかわかる』といわれたことがあります。ふたりは、息子さんに愛情をそそいだと胸を張っていえますか? 自信をもって『こんなふうに育ちました』と、世間にいえますか?」

裁判官の言葉が心に響いたのか、女も涙を流し始めました。

そして、「私たちが間違っていました。本当に申しわけありません。親としてあまりにも未熟で、後悔しています。もし許されるなら、これからは優しい心をもった母親になりたいです」と述べたのです。

つづいて父も小声で「反省しています」と答えました。

後日、香川裁判官はふたりに懲役1年の実刑判決を言い渡し、

「将来、刑務所を出たのち、子どもと会ったり暮らしたりする可能性も、ゼロではないか
もしれません」

と述べ、親権が剝奪される可能性をけっして否定しませんでした。

そのうえで、

「また同じようなことを繰り返したら、これ以上の不幸はありません。裁判でのやりとり
を思いだし、自分はどうして事件を起こしてしまったのか、どうすれば防げたのか、考えつづけてください」

と説諭しました。

香川裁判官の言葉は、「世の中の母親の気持ちを代弁した」という評価もできるかもしれません。

実際には、ひとりの母親としての実感がこもった個人的で素朴な憤りが、裁判官という公的な立場を通じて発せられた言葉だったのではないでしょうか。

2018年、全国の児童相談所が市民からの児童虐待相談に対応したのは約16万件で、過去最多を記録しました。

少子化の時代にもかかわらず、前の年より20%近くも急増しているようです。

しかも児童虐待は、自宅というプライベート空間で起きる、もっとも発覚しにくい犯罪です。

児童相談所が対応している件数だけが、すべてではありません。


本稿の「名裁判」の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・共同通信・時事通信・北海道新聞・東京新聞・北國新聞・中日新聞・西日本新聞・佐賀新聞による各取材記事を参照しております。
また、各事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。裁判記録を基にしたノンフィクションとして、幅ひろい層の皆さまに親しんでいただけますことを希望いたします。


 

長嶺超輝(ながみね・まさき)
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に勧められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、テレビ番組出演や新聞記事掲載、雑誌連載、Web連載などで法律や裁判の魅力をわかりやすく解説するようになる。著書の執筆・出版に注力し、本書が14作目。

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています


※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。

この記事に関連する「暮らし」のキーワード

PAGE TOP