『裁判長の泣けちゃうお説教』 (長嶺超輝/河出書房新社 )第3回【全10回】
【はじめから読む】炎の中から救助された80歳の男性。号泣し口にした「死ねなかった...」の一言
「人を裁く人」――裁判官。社会の影に隠れ、目立たない立場とも言える彼らの中には、できる限りの範囲で犯罪者の更生に骨を折り、日本の治安を守ろうと努める、偉大な裁判官がいます。
30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の著者、長嶺超輝さんによる一冊『裁判長の泣けちゃうお説教: 法廷は涙でかすむ』(KAWADE夢新書)は、そんな偉大で魅力あふれる裁判官たちの、法廷での説諭を紹介。日本全国3000件以上の裁判を取材してきたという著者による「裁かれたい裁判官」の言葉に、思わず「泣けちゃう」こと間違いなしです。
※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。
誰かにSOSを求めざるを得ないときあなたは抵抗を感じますか。あまりにも悲痛な殺人事件に、法廷で思わず涙した裁判官は、何を語りかけたか?
[2006年7月21日 京都地方裁判所]
地裁が泣いた......
「たしかに、ぼくは母を殺しました」
50代の男は、検察官からの質問に、淡々とした口調で答えています。
「ですが、1日でも長く、母と一緒に暮らしたかった......。その気持ちにも偽りはありません」
「許されないでしょうが、できることなら、また母の子として生まれ変わりたい。いまは本当にそう思います」
男の話を聴きながら、壇上の東尾龍一裁判官は目を赤くし、涙を拭うしぐさを見せます。
凍えるほど寒い早朝、男は自宅近くの川のほとりで、実母の首を絞めて殺害したとして、逮捕されました。
警察の取調べで、男は心中を図り、母も殺害されることを受け入れていたとわかり、「承諾殺人」という罪で起訴されたのです。
基本的に、被害者が犯罪を受け入れ、承諾していれば、その加害者を処罰できません。
ただ、他人を死に至らしめる殺人という犯罪は、もたらされる結果があまりにも悲惨で、どんな事情があれ許されないのも事実です。
そのため、たとえ被害者の承諾があっても、処罰の対象となります。
ただし、殺人罪よりも刑罰は軽くなります。
承諾殺人罪の最高刑は、懲役7年です。
「介護離職」が、ふたりを追い詰めた
男は10年以上にわたって、母とふたり暮らしをつづけてきました。
織物職人だった父は、すでに亡くなっています。
母は生前、要介護3のアルツハイマー型認知症にかかっていて、昼夜を問わず、徘徊を繰り返していました。
そのたびに、ご近所の方や警察官が居場所を突き止めて、連れもどしてくれていたのです。
「これ以上、他人さまに迷惑をかけられない」と、男は工場勤務の仕事を辞めて、母の介護に専念することにしました。
そして、収入源が絶たれたあとは、母の年金だけでふたりの生活費をまかなっていたのです。
役所で生活保護を申し込むものの、「あなた、働けるでしょ」と、あっさり断られてしまいます。
生活保護の不正受給問題がマスコミで頻繁に採りあげられていた頃だけに、申請してきた住民に対し、役所の職員らはとくに警戒していたのでしょう。
男はカードローンを申し込みましたが、毎月のように生活費が足りなくなり、繰り返し借り入れているうちに、すぐに限度額に達しました。
自宅アパートの大家である親戚には、家賃を特別に半額にしてもらっていたので、「これ以上は、迷惑をかけられない」と、助けを求められませんでした。
介護保険が使えるデイケアやデイサービスも、自己負担分があるため、無料で利用できるわけではありません。
ついにふたりは、ほぼ引きこもり状態となり、昼間でもカーテンを閉め切ったまま、ひっそりと暮らすようになっていました。
ケアマネージャー(介護支援専門員)が訪問してきても、男は居留守を使って接触を絶っていました。
どうやらケアマネージャーの対応に対して、不信感を募らせていたようです。
自分の食事を2日に1回に切り詰めてまで、男は母の食事を優先し、介護をつづけていたのです。
本稿の「名裁判」の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・共同通信・時事通信・北海道新聞・東京新聞・北國新聞・中日新聞・西日本新聞・佐賀新聞による各取材記事を参照しております。
また、各事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。裁判記録を基にしたノンフィクションとして、幅ひろい層の皆さまに親しんでいただけますことを希望いたします。