母に手をかけた50代男性の裁判で、裁判官が問題提起した「社会のあり方」

『裁判長の泣けちゃうお説教』 (長嶺超輝/河出書房新社 )第4回【全10回】

「人を裁く人」――裁判官。社会の影に隠れ、目立たない立場とも言える彼らの中には、できる限りの範囲で犯罪者の更生に骨を折り、日本の治安を守ろうと努める、偉大な裁判官がいます。

30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の著者、長嶺超輝さんによる一冊『裁判長の泣けちゃうお説教: 法廷は涙でかすむ』(KAWADE夢新書)は、そんな偉大で魅力あふれる裁判官たちの、法廷での説諭を紹介。日本全国3000件以上の裁判を取材してきたという著者による「裁かれたい裁判官」の言葉に、思わず「泣けちゃう」こと間違いなしです。

※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。


母に手をかけた50代男性の裁判で、裁判官が問題提起した「社会のあり方」 pixta_11112401_M.jpg

誰かにSOSを求めざるを得ないときあなたは抵抗を感じますか。あまりにも悲痛な殺人事件に、法廷で思わず涙した裁判官は、何を語りかけたか?

[2006年7月21日 京都地方裁判所]

【前編を読む】「母を殺しました」と語る50代男性。親子を追い詰めたものとは

日本人の美徳も、ふたりを追い詰めた

1月末、いよいよ家賃が払えなくなった男は、母を連れて繁華街へ繰りだします。

これが「最後」の親孝行のつもりでした。

笑顔ではしゃぐ母を見るのは久しぶりでした。日が暮れて、帰りの電車に乗りこみますが、もう自宅へはもどれません。

川のほとりに座ったまま、ふたりは夜を明かします。

盆地にある古都の冬の朝は、格段に冷え込みます。

白い息を吐きながら、息子は覚悟をきめて母に告げました。

「もう生きられへん。ここで終わりやで」

母は「そうか、あかんか」と、静かにつぶやいたといいます。

「他人さまに迷惑をかけない」という日本人の美徳が、皮肉にもふたりをここまで追い詰めてしまったのかもしれません。

東尾龍一裁判官は、判決の言い渡しで特別に温情をかけ、懲役刑に執行猶予をつけました。

「母親は、被告人に感謝こそすれ、けっして恨みなど抱いておらず、今後は幸せな人生を歩んでいけることを望んでいるであろうと推察される」

と理由を説明したあと、男に対して、こう述べています。

「この裁判は、あなただけが裁かれているのではありません。社会全体のあり方が問われています」

さらに東尾裁判官は、法廷から社会へ向けて、高らかに問題提起をしました。

「介護保険や生活保護行政のあり方も問われています。こうして事件に発展した以上、どう対応すべきだったのか、行政の関係者は考え直す余地があります」

日本は超高齢化社会を迎え、いまでは日本人の約20人に1人が要介護者となっています。「介護する」「介護される」という課題に、誰ひとりとして無縁でいられなくなりました。

最近になってようやく「介護離職防止」のスローガンが世の中に浸透してきました。

家族を介護するために社員が辞職せざるをえない状況をつくらないよう、どの企業も配慮しなければなりません。

介護をプロに任せるのもひとつの選択肢ですが、特別養護老人ホームや介護つき有料老人ホームなどに入居しようとすれば、相応の費用がかかります。

家族に要介護者が出ていない段階から、介護問題への備えを進めておくべき時代に入っているのでしょう。

いざというときに「他人を頼れる」よう、普段から濃い人間関係をつくっていくのか、それとも「他人を頼らなくてもすむ」よう、コツコツと貯蓄に励んでいくのか。

あなたはどうしますか。

この事件の被告人は、理解のある社長の会社に雇われ、懸命に人生をやり直そうとしましたが、判決から約8年後、無念にも琵琶湖にみずから身を投げています。

この悲痛な事件を、将来の日本社会の希望へと変えていかなければならない。そう切に願います。


本稿の「名裁判」の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・共同通信・時事通信・北海道新聞・東京新聞・北國新聞・中日新聞・西日本新聞・佐賀新聞による各取材記事を参照しております。
また、各事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。裁判記録を基にしたノンフィクションとして、幅ひろい層の皆さまに親しんでいただけますことを希望いたします。


 

長嶺超輝(ながみね・まさき)
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に勧められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、テレビ番組出演や新聞記事掲載、雑誌連載、Web連載などで法律や裁判の魅力をわかりやすく解説するようになる。著書の執筆・出版に注力し、本書が14作目。

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※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。

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