雑誌『毎日が発見』で連載中。医師・作家の鎌田實さんの「もっともっとおもしろく生きようよ」から、今回は鎌田さんが「旅」について語ります。
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旅は、人生の栄養剤です。旅先で出会った人、食、風景、風俗...、さまざまなものから得た感動や発見は、すぐに日々のエネルギー源となる場合もあれば、十数年も経ってから自分の骨肉になっていることに気づくこともあるでしょう。
ぼくは20年ほど前からチェルノブイリの放射能汚染地域の子どもたちの医療支援を続けてきました。そこである老夫婦に出会いました。ベラルーシの大平原で農業を営むその夫婦は、ぼくたちが日本から支援に来たと知ると、手料理でもてなしてくれました。
サーラという豚の脂身の塩漬けと、とれたての卵のベーコンエッグ。じゃがいもをすりおろして、パンケーキ風に焼いたドラニキ。奥さんが用意してくれた料理を、おいしい、おいしい、と食べていると、ご主人がニヤニヤしながら"切り札"を出してきました。サマゴンという自家製ウォッカです。これがまた強いお酒なのですが、その場に流れるやさしい空気に、豊かな暮らしとはこういうことではないか、と感心したのを覚えています。
人類の旅する遺伝子と好奇心
いにしえから多くの人が旅にあこがれ、旅をしてきました。旅をしたいという欲求は、人類のDNAに刻み込まれた本能のようなものではないかとぼくは思っています。
かつてアフリカのサバンナで暮らしていたホモ・サピエンスは、主に5~6万年前、大規模な移動を始めたといわれています。いわゆる「出アフリカ」です。
アフリカを出た人類は中東からヨーロッパへと行くグループと、中東からアジアへ向かったグループがあり、後者はやがて北アメリカから南アメリカへと到達します。
それらの足跡は「グレートジャーニー」と表現されますが、ぼくたち人類の繁栄の過程も、旅そのものだったといえるでしょう。
それにしても、なぜ人類は「出アフリカ」を果たしたのでしょうか。狩猟生活をしていた彼らは、獲物を追いかけていったのだとも言われますし、気候変動による環境の変化があったという説もあります。
でも、ぼくはこう考えます。いちばん大きな原動力は「好奇心」だったのではないか、と。大きな脳をもつようになった人類は、社会をつくり、複雑な心をもつようになりました。この先には、何があるのだろう、もっとすばらしい何かがあるのではないか。そうした好奇心と想像力が彼らを先へ先へと進めたのだと思います。
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