雑誌『毎日が発見』で連載中。医師・作家の鎌田實さんの「もっともっとおもしろく生きようよ」から、今回は鎌田さんが「旅」について語ります。
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前の記事「「旅をしたい」という欲求は人類のDNAに刻み込まれた本能/鎌田實」はこちら。
人生そのものが成長の旅
旅は、だれにでも発見や成長の機会を与えてくれます。
ぼくは以前、病や障害を抱える人たちに呼びかけて、ハワイや国内の温泉、東日本大震災後は福島へのツアーを企画してきました。
そのとき、多くの参加者が旅を通して変わっていくのを目の当たりにしました。日常から離れることで、病や障害と向き合うだけではない本来の自分を取り戻すことができたのではないかと思います。そんな旅のもつ力を知ってほしくて、『本当の自分に出会う旅』(集英社文庫)という本を書きました。
旅の達人、永六輔さんは生前、どこへ行くかが重要ではなく、あるところへ行って帰ってきたとき、人間が少し変わっていることが大事だと話していました。ぼくも同感です。人間を変化させるものが旅だとすれば、家に閉じこもっている人にとっては、近所のスーパーに買い物に行くだけでも旅になります。寝たきりになった人がベッドの上に座れるようになり、やがて起き上がってトイレに行くことだって、小さな旅といえるでしょう。
さらに言えば、人生そのものが旅であり、常に変化し、成長していくのがぼくたち旅人なのです。
ぼくは旅のスタイルにこだわりがありません。美しい景色があるよ、と勧められれば足を延ばし、おいしいものがあると言われれば、それを食べに行ったりします。北海道占冠(しむかっぷ)村にあるトマムを訪ねたときは、氷のバーに入りました。氷のグラスでカクテルを飲んで、それだけでうれしくなるのです。
出会いが、人生を豊かに
ぼくの父・岩次郎のふるさと青森では、市場に立ち寄りました。父は生前、青森の身欠きニシンやホヤを取り寄せていました。懐かしくなって、店の人に声をかけると、「岩次郎さんの子どもか」と驚かれました。父の世界がいまもここにはあるように感じ、幸せな気持ちになりました。
シリアの内戦前、首都ダマスカスの旧市街地で写真を撮っていると、子どもを連れた若い母親が声をかけてきました。子どもたちを撮ってほしい、と。
ぼくがカメラを構えると、3人の子どもたちが弾けるような笑顔を向けてくれました。その後、シリアは戦乱が激しくなり、多くの国民が国外へと逃れていきました。
ぼくはイラクに逃れたシリア難民の支援もしていますが、あのときの子どもたちの笑顔を思うと胸が痛くなります。
最近、日本国内で災害が多発しています。少しでも復興を応援したいと思い、震災のあった東北や熊本県益城(ましき)町、水害のあった福岡県朝倉市などを訪ねています。戦争や災害のない当たり前の日常がどれだけ大切か、旅をしたからこそ、より実感することができます。
人生を大切に生きるためにも、ときどき日常を離れ、旅に出てみるとよいでしょう。旅に出ると、自分自身が見えてくるものです。そこには、これからの生き方のヒントがあふれているはずです。
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鎌田 實(かまた・みのる)さん
1948 年生まれ。医師、作家、諏訪中央病院名誉院長、東京医科歯科大学臨床教授。チェルノブイリ、イラクへの医療支援、東日本大震災被災地支援などに取り組んでいる。『だまされない』(KADOKAWA)、『曇り、ときどき輝く』(集英社)など著書多数。