名画にはいいセリフと音楽がつきもの
ぼくは映画や芝居が大好き。年間100本以上の作品を見ています。どんな映画が好きかと聞かれると、いつも監督の名前で答えています。ジャン=リュック・ゴダール、ルキノ・ヴィスコンティ、アンジェイ・ワイダ。それぞれの代表作『気狂いピエロ』(1965年)や『ベニスに死す』(71年)、『灰とダイヤモンド』(58年)は何度も繰り返し見ています。
これ以外にも、忘れられない作品はいっぱいある。例えば、アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』(60年)。ダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスの『卒業』(67年)。ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンの『カサブランカ』(42年)。
数年前、モロッコを旅行したとき、映画『カサブランカ』ゆかりのリックス・カフェにも立ち寄りました。ハンフリー・ボガート演じるリックの店「カフェ・アメリカン」の雰囲気を残し、テーマ曲の「時の過ぎゆくままに」の生ピアノが流れ、思わず映画の世界に迷い込みました。
『カサブランカ』は、戦時中の42年に製作されました。舞台はフランス領モロッコの都市カサブランカ。リックは、イングリッド・バーグマン扮するイルザと再会します。
「昨日は何をしたの」と聞くイルザに、「そんな昔のことは覚えていない」と答えるリック。「君の瞳に乾杯」というセリフは、往年の映画ファンでなくても、耳にしたことはあるでしょう。
いい映画には、いいセリフ、いい音楽があり、それを聞いただけで一気にその世界に引き戻してくれる力があります。
映画や芝居は、非日常を体感するもの
ぼくは、映画館や芝居小屋に行って見ることにもこだわっています。作品は、頭で「見るもの」ではなく、全身で「体感するもの」だと思っているからです。
名画座のシートに座り込んで見る映画は、座り心地の悪さからさえノスタルジーを味わえます。反対に、シネコンの最新の音響で、音の波を全身で感じながら、臨場感を得るのも最高の体験です。
たくさん映画を見ていると、ときにはハズレの作品もありますが、ぼくはあまりガッカリしません。映画館で過ごす時間をもてただけで「儲けもの」と思えば、ハズレの作品に腹を立てることもないのです。
芝居の劇場もそうです。特に、小さな芝居小屋は、演者と観客が一体となることができます。ぼくは学生時代から唐 十郎のファンですが、紅(あか)テント(※唐 十郎らの劇団・状況劇場が演劇上演の場として建てていたテント。1967年に新宿・花園神社に設置したのが最初。現在は劇団唐組が紅テントを使って上演している)のなかで繰り広げられる芝居は、母親の胎内に戻って見る夢のように魅惑的です。
唐 十郎の世界は独特です。水たまりが、異世界へと続く入り口であったり、その水が観客へと飛び散ったり。ときには舞台が跳ね上がったり、舞台の向こう側のテントがまくれあがったり。観客を引きずり込みながら、最後には、もっと人生は自由でいいんだと思わせてくれる芝居が多いのです。
こんな夢を見せてくれる映画館や芝居小屋での時間は、日常と距離を置くためのいい時間です。ストレスは、危機的な状況に直面すること以上に、過去の悔いある出来事を投影したり、起こってもいない未来に対して不安を感じることで増幅していきます。そんなとき、日常から離れてみることで、ストレスの芽をつむことができるのです。
また、日常から離れてみることで、新しいアイデアがひらめいたり、考えがまとまったりすることも珍しくありません。映画や芝居を見る時間を無駄という人もいるかもしれませんが、ぼくは彩りのある素敵な無駄だと思っています。
次の記事「ぼくが今オススメしたい映画と芝居はこの3本/鎌田實」は近日公開。
鎌田 實(かまた・みのる)さん
1948 年生まれ。医師、作家、諏訪中央病院名誉院長、東京医科歯科大学臨床教授。チェルノブイリ、イラクへの医療支援、東日本大震災被災地支援などに取り組んでいる。
『だまされない』(KADOKAWA)など著書多数。