「ごめんなさい、すみません」が口癖で・・・乳がんからパニック障害になった「50代女性の心の窒息」

「やりたいけど、まあいいか...」いろいろなことを先延ばしにしがちなあなたに、生きるためのヒントをお届け。今回は、3500人以上のがん患者と向き合ってきた精神科医・清水研さんの著書『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(文響社)から、死と向き合う患者から医師が学んだ「後悔しない生き方」をご紹介します。

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自分を押し殺して生きてきたことに気付けるか

50代の乳がん体験者の方、片岡久美子さん(仮名)のお話です。

外来にお越しになったのはパニック障害となり電車に乗れない状態になられたからでした。

片岡さんは乳がんになったことで、かなり傷ついておられるように感じました。

乳房を手術で切除したこと、再発に対する心細さ、つらくてしょうがないのに、そのつらさを打ち明けることができず、ストレスが許容範囲を超えてしまったようです。

ある日突然、窒息してしまうような感覚が出現し、どうしようもない状況になったそうです。

そして私が気になったのは、その方がいつもすぐ、「すみません」とおっしゃることでした。

例えば、「どうぞお座りください」と言っても、「お薬を2週間分お出ししておきますね」とお伝えしても、まず「すみません」とおっしゃるのです。

私が、「『すみません』と恐縮されないでください。どうぞご遠慮なく」というとまた「すみません」とおっしゃるので、思わず私はくすっと笑ってしまい、片岡さんも「あっ、また言っちゃった」とおっしゃいました。

私は、「すこし押し付けがましいかもしれませんが、『すみません』というより『ありがとう』と言っていただけるとうれしいです」と申し上げると、「あ、はい。ありがとうございます」と、やっと笑っておっしゃってくださいました。

2度目にお越しになったとき、やはり「すみません」とおっしゃるので、また気になってしまい、「片岡さんは、よく『すみません』とおっしゃいますが、いつから口癖になったのですか」と聞いてみました。

片岡さんはよくわからないということなので、「叱責される機会が多いような厳しい環境に身を置くと、そういう口癖になることがありますが」とお伝えしたのです。

そのひとことが、片岡さんがご自身のことをいろいろ考えるきっかけとなり、レジリエンス外来でご自身の過去に取り組む作業を始めました。

お話を伺っていくうちに、子どもの頃のお父様との関係が片岡さんを生きづらくさせていたことがわかりました。

お父様はご自身で起業されて会社を大きくされた方で、片岡さんと妹さんをデパートのおもちゃ売り場に連れて行っては「30分以内に好きなものをひとつ選んでこい。なんでも買ってやるから、高くていいものを選んでくるんだぞ」とおっしゃったりしたそうです。

そんなとき片岡さんは、「お父さんが褒めてくれるものを、さがさなきゃ」と思ってしまい、どんどん焦りの気持ちでいっぱいになって、うまく選べず、時間ぎりぎりになってとにかく大きなぬいぐるみを選んで持っていく、そんなお子さんだったそうです。

それに対して妹さんは、ちゃんと高級品を選んできて、「お前は物を見る目があるな」とお父さんに頭をなでてもらっていたそうです。

また、高級寿司店のカウンターに座らせられて、「なんでも頼んでもいいぞ」とお父さんに言われると、片岡さんはもじもじしてしまい、やっと言えたのが「かっぱ巻き」でした。

そしてここでも、妹さんはすぐに「トロ!」と言うような具合でした。

そんなことがある度、お父さんはため息混じりで片岡さんを見ては渋い顔をされていたのだそうです。

片岡さんのほうはお父さんのことが大好きでした。

がっしりした体格で、自信にちた姿にあこがれていたそうです。

そのお父さんから、「おまえはダメな子だ」「がっかりだ」というメッセージをくり返し受けるうちに、片岡さんは、次第にお父さんといると萎縮してしまうようになりました。

うまく笑えなくなり、いつも人の顔色ばかりをうかがう癖がつきました。

そして、自分は「ダメな子」だと思い込み、自分に対する自信を全く持てないまま大人になっていったのです。

さらにお話を伺っていくと、片岡さんのご主人はお父様とは全く違う穏やかなタイプで、スロー気味の片岡さんをいつも待ってくださるような方だとわかりました。

結婚以来、怒られたのは1回だけ。

「がんになって、ごめんなさい」と片岡さんが言ったとき、「何を言ってるんだ!謝ることじゃない」と、はじめてきつい言葉をかけられたのだそうです。

また、息子さんもやさしく、獣医師になるべく頑張っておられることも話してくださいました。

片岡さんは、つらい子どもの頃から今を振り返る時間の中で、なぜパニック障害になったのか、ご自身で気づいていかれました。

ずっと自分を押し殺して生きてきたこと。

ご主人や息子さんは優しいけれど、それでもいつも、「お前はダメだな」と言われてしまうのではないかと不安だったこと。

乳がんになり、髪の毛もなくなった自分の姿を鏡で見たとき、もう我慢の限界が来たそうです。

「私はがんで死んじゃうかもしれないのに、心が窒息したままで人生が終わっちゃうのは耐えられない」と。

そして、カウンセリングの中で、こうおっしゃったのです。

「先生、私は、ありのままの私でもいいのでしょうか」

私の口からは「もちろん」という言葉が自然に出ていました。

そこから片岡さんは随分変わっていかれました。

洋服も明るい色のものを着るようになり、お友達と一緒にランチにでかけるようにも。

レジリエンス外来は、素の自分、こころのままに生きることをいっしょに考える場です。

何がその人を足踏みさせているのかがわかると、自然とこころが自由に動き出すのです。

※事例紹介部分については、プライバシー保護のため、一部表現に配慮しています。なお、登場する方々のお名前は一部を除き、すべて仮名です。

【最初から読む】がん患者専門の精神科医が伝えたい「人生で一番大切なこと」

【まとめ読み】『もしも一年後、この世にいないとしたら。』記事リストはこちら!

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病気との向き合い方、死への考え方など、実際のがん患者の体験談を全5章で紹介されています

 

清水研(しみず・けん)

1971年生まれ。精神科医・医学博士。2006年から国立がんセンター(現、国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科勤務となる。現在、同病院精神腫瘍科長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医を務める。

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『もしも一年後、この世にいないとしたら。』

(清水研/文響社)

3500人以上のがん患者と対話してきた精神科医が伝える死ぬときに後悔しない生き方をまとめた一冊。病気への不安や死の恐怖とどう向き合えばいいのか、実際の患者の体験談とともに紹介。人生の締切を意識すると明日を過ごし方が変わり、人生が豊かになります。

※この記事は『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(清水研/文響社)からの抜粋です。
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