「やりたいけど、まあいいか...」いろいろなことを先延ばしにしがちなあなたに、生きるためのヒントをお届け。今回は、3500人以上のがん患者と向き合ってきた精神科医・清水研さんの著書『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(文響社)から、死と向き合う患者から医師が学んだ「後悔しない生き方」をご紹介します。
人間を超えた力を感じるようになる
人間の力をはるかに超える存在や力に気づくという変化が起こることもあります。
これは「精神性的変容」と呼ばれる変化です。
宗教的な考えの中で神の存在を意識される方もいらっしゃいますし、「感動するような自然の美しさに気づく」という語りもありました。
古来から、日本人は自然と共生し、自然は身近な存在なのかもしれません。
これは、48歳で乳がんになられた女性、矢野裕子さん(仮名)のお話です。
彼女には中学生の娘さんがいらっしゃいましたが、内向的な性格で、なかなか学校の仲間になじめず、休みがちでした。
そして矢野さんが乳がんになったときは、一時的に不登校になってしまったそうです。
矢野さんは娘に負担をかけていると自分を責め、娘さんの行く末をとても心配していました。
ところが娘さんが高校に入学した後、矢野さんの乳がんは再発してしまいます。
そして、化学療法を受けましたが徐々に病気は進行していきました。
娘さんは多くを語りませんでしたが、高校に通いながら献身的に家事を手伝ってくれたそうです。
矢野さんはこのときも、「自分が病気になっていなければ娘は普通の高校生活を送れたのに」と、後ろめたい気持ちを持ち続けていました。
娘さんの高校3年生の3学期、矢野さんの乳がんは肝臓に多数の転移がわかり、もしかしたら4月をむかえられないかもしれないという状況になりました。
矢野さんも自分の命が長くないことを悟り、しかしどうにかして娘さんの卒業式には出たいと思っていました。
なんとかその願いはかない、矢野さんは車いすで卒業式に参加されたそうですが、卒業証書を受けるときに娘さんが背筋をピンと張って立つ姿を見て、「ああ、この子も立派に成長したんだな」という安心感と、まだわがままも言いたい時期だったにもかかわらず親孝行をしてくれた娘さんに対する感謝の気持ちが湧き、涙が止まらなかったそうです。
そのあと夫と娘さんと、桜の木の下で写真をとったそうです。
ふと視線を上に向けたときに目に入ってきたのは桜で、青空のもと、大きな枝を広げて満開の花を咲かせているその美しさに震えるような感動を覚えられたそうです。
「ああ、桜というのはこんなに美しいものだったのか......」
美しい花を咲かせた桜に、娘さんが成長した姿や、もうすぐこの世を去るかもしれないけれどその前に素晴らしい一日をすごすことができたご自身の思いを重ねあわされたのかもしれません。
そしてその風景に、人の力をはるかに超えた何か神々しいものを感じられたそうです。
※事例紹介部分については、プライバシー保護のため、一部表現に配慮しています。なお、登場する方々のお名前は一部を除き、すべて仮名です。
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病気との向き合い方、死への考え方など、実際のがん患者の体験談を全5章で紹介されています