「自分が望んだ検査」や「ほしい薬」の処方をしてもらえず、お医者さんに満足できない...実はそれ、あなたの「病院のかかり方」に問題があるのかもしれません。そこで、多彩な情報発信をしている現役医師・山本健人さんの著書『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)より、「知っておくと、もっと上手に病院を利用できる知識」をご紹介。医師&病院の「正しい活用術」を、ぜひ手に入れてください。
「知人に民間療法をすすめられました。やってみたいと思うのですが、民間療法は受けてもいいのでしょうか?」
【答え】
① 標準治療の機会を奪うものでなければいいと思います
② 過度に高額な商品にはくれぐれも注意してください
日本では最高水準の治療を安い費用で受けられる
民間療法について患者さんから相談を受けることがよくあります。
特にがんのように多くの人がかかる病気には、健康食品やヨガ、マッサージなど、実にさまざまな民間療法があります。
身近な人からいい体験談を聞けば、やってみたいと思うのも当然でしょう。
実際、厚生労働省の調査によれば、がん患者さんの45%が民間療法(正確には「補完代替療法」と総称します)を受けていることがわかっています。
私は、それが医学的に見て悪い影響を及ぼすものではなく、かつ標準治療(一般的な病院で保険診療で受けられる医学的根拠のある確かな治療のこと)を妨げるものでなければ、受けることも否定はしません。
一方で、「標準治療をやめて補完代替療法のみを受けたい」という場合は、患者さんにとってデメリットが大きい可能性を伝えます。
特にがん治療においては、補完代替療法のみを受けた患者さんは、標準治療を受けた患者さんより長く生きられない、というデータがあるからです。
加えて、サプリメントや健康食品などは、病院で処方する薬との飲み合わせに注意すべきケースもあるため、何を使用しているかは必ず教えてほしいと伝えます。
また、過度に高額なものは慎重に扱わねばなりません。
なかには借金をしてまで高額な民間療法に心酔してしまう患者さんもいますが、これはおすすめできません。
その理由をわかりやすく説明します。
日本は、世界的に見ても、医療へのアクセスに圧倒的に恵まれた国です。
国民皆保険制度によって、効果があることが科学的に証明された治療(標準治療)ほど安価で受けられるという原則があるからです。
ホテルやレストランのような他のサービス業なら、高いお金を払うほど質の高いサービスが受けられますが、医療はそうではありません。
健康保険制度のもとで、「インフラ」として公費が投入され、最も高い水準のものが最も安価で受けられるようになっているからです。
医療は市場の原理に則(のっと)っていません。
まずは、この「特殊な性質」を知っておかねばなりません。
「効果があることが科学的に証明された治療」というのは、さまざまな臨床試験でその有効性がきちんと検証されたもののことです。
補完代替療法の大部分は、大規模な臨床試験でがんに対する効果が示されていない、あるいは「効果がないこと」がすでにわかっているものです。
効果があるかどうかわからない(あるいはそもそも効果がない)治療を、保険診療で受けられる標準治療より「優先する」ことは当然おすすめできません。
「オーダーメイドの治療」を目指す理由
一方で、こうした標準治療をどんな患者さんに対しても一律にすすめることが最善、というわけではありません。
医者が相手にしているのは病気そのものではなく、患者さんという一人の人間と、その家族や周囲を取り巻く社会です。
目の前の患者さんがどんな生活環境にあり、どんな仕事をしていて、どんなふうに生きたいと思っているかを知り、その上でどんな治療が最もおすすめできるかを考え、一人一人に異なるベストな治療プランを提供するのが医者の仕事です。
たとえば同じ膵臓がんでも、患者さんが50代の場合と80代の場合とでは、同じ治療プランが最適とは限らないでしょう。
膵臓がんの治療は、他の臓器に転移がなければ全身麻酔手術で膵臓をがんと一緒に切除するのが標準治療です。
ステージによっては、その後の再発予防のために抗がん剤治療を追加します。
こうした最大限の治療を行う方が長く生きられる可能性が高いのは間違いない一方で、手術という治療には、全身麻酔そのもののリスクや、お腹の中に膿が溜まったり、膵液が漏れたりするような合併症リスクがあります。
若い患者さんであれば、こうしたリスクの高い治療に踏み切ることに迷いはないと思いますが、さまざまな持病のある高齢者なら、得られるメリットよりリスクの方を重く考えねばなりません。
また、手術をしたとしても、抗がん剤治療を追加するのが患者さんにとって本当にいいことなのかどうか、じっくり考えなければなりません。
抗がん剤にも副作用リスクがありますし、長い間定期的な通院が必要な抗がん剤治療が、本人と、通院に付き添うご家族にかける負担まで考慮しなければならないのです。
このように、さまざまな背景を考慮し、患者さんやご家族と話し合いながら最適な治療を見つけなければなりません。
医学的な正しさや統計的なデータだけを考えて理詰めで治療を進めるのではなく、患者さん一人一人にフィットした治療をオーダーメイドしていく必要があると言ってもよいでしょう。
患者さんによって人生に望むことは違います。
医者が提供すべき医療の形も、やはり患者さんによってそれぞれ違うはずです。
がんは、手術で切除しても一定の割合で再発するリスクのある病気ですから、多くの患者さんが長期的に検査や治療を受け続けることになります。
もちろん、がん以外にも生活習慣病のように病院との付き合いが長く続く病気は増えています。
こうした病気を診療する際は、「病気を治すこと」だけでなく、「患者さんの治療意欲を維持すること」も大切です。
患者さんが治療に前向きになり、病気とうまく付き合っていくためのお手伝いをするのも医者の仕事です。
患者さんが納得する形で前向きに治療を受けてもらうためには、患者さんの持つ不安や悩みを傾聴し、二人三脚で治療を進めていかねばなりません。
もし患者さんが「どうしてこんな治療を受けなければならないのかわからない」「本当にこれがベストな治療なのか疑わしい」と思いながら病院に通っていたら、とても治療意欲は保てないでしょう。
医者と患者さんがお互いの考えをよく知り、両者が協力し合って病気と付き合っていくのが理想的な形なのです。
【まとめ】『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』記事リスト
医師や医療行為への「よくある疑問や不安」を、Q&A方式でわかりやすく解説! 「医学のスペシャリスト」を上手に利用するための「34のエッセンス」が詰まっています