「自分が望んだ検査」や「ほしい薬」の処方をしてもらえず、お医者さんに満足できない...実はそれ、あなたの「病院のかかり方」に問題があるのかもしれません。そこで、多彩な情報発信をしている現役医師・山本健人さんの著書『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)より、「知っておくと、もっと上手に病院を利用できる知識」をご紹介。医師&病院の「正しい活用術」を、ぜひ手に入れてください。
がんの「ステージ」は誰が診察しても同じなんですか?「手術しない方がいい」と言われて不安なんですが、手術をしなくてもいいことなんてあるのでしょうか?
【答え】
① 手術をして病理検査が行われたときは、ステージ診断が医者によって違うことは原則ありません
② 手術をしない方が患者さんにとってメリットが大きい場合もあります
手術前のがんのステージは「予想」でしかない
がんの「ステージ(進行度)」については、ニュースやドラマ、ドキュメンタリー番組などで扱われる機会が多いと思います。
「がんがどのくらい進行しているか」を意味し、行うべき治療や予後(どのくらい生きられるか、どのくらい再発する可能性があるか、など)を判断する目安となる重要な指標です。
このステージ、一体どのように決めているのでしょうか?
そのルールはがんの種類によって異なるのですが、ここでは一例として大腸がんのステージについて紹介しましょう。
大腸がんのステージを決めるには、3つの要素があります。
1つめは、がんがどのくらい大腸の壁に深く入り込んでいるか。
2つめは、周囲のリンパ節への転移があるかどうか。
3つめは、大腸以外の臓器に転移しているかどうか(遠隔転移の有無)です。
大腸がんの場合は、これらの要素の組み合わせによってステージ0~4に分類します(3a、3bというように、さらに細かく分けることもあります)。
重要なのは、手術前のステージ分類はあくまで「予想」である、ということです。
正確には、手術をして病変を切除し、病理検査(顕微鏡で病変を観察する検査)に出してみないとわからないからです。
たとえば、内視鏡検査(大腸カメラ)でがんが大腸の壁に深く入り込んでいると判断されたものの、切除して調べると予想よりも浅かった、ということはよくあります。
CT検査をしたら肝臓に影があり、転移の可能性があると判断されて切除して検査してみたら、がん細胞がなかった(つまり転移ではなかった)ということもあります。
手術前の予想に反して転移がないことがわかれば、手術前のステージが手術後に変わることになります。
もちろん逆のパターンもあります。
手術前は遠隔転移がないと判断されたものの、手術中に肝臓への転移が見つかった、というケースでは、手術前に予想したステージより術後に確定するステージの方が悪くなります。
手術前の検査で100%正確な診断はできません。
私も患者さんに手術の説明をするときは、必ず「『病変を切り取って調べたら、思っていたのとずいぶん違った』ということはよくありますよ」と説明します。
したがって、手術前の予測の段階で、医者同士でステージ分類に関して意見が分かれることはあります(あくまで「予想」ですから当然です)。
一方、手術で取った病変を病理検査した時点で最終的なステージが決定するため、その判断が医者によって異なることは原則ありません。
医者は「私見」で治療法を決めるわけではない
かなり進行したがんに対して、「手術しない方がいい」という判断を患者さんに理解してもらうことは、少し大変です。
なぜなら、「手術した方が手術しないより必ず長生きできる」と考える患者さんが多いからです。
「手術せずに抗がん剤治療をしましょう」と言われると、「何とか手術してもらえる病院を探したい」と思ってしまう人もいます。
しかし実際には、「手術してくれる=治してくれる」では決してありません。
では、「手術をしない方がいい場合」とは、どんな場合でしょうか。
それは主に、手術をしても目には見えないレベルでがんが残る可能性があったり、他の臓器に転移していたりするケースです。
こうしたケースで手術を行っても、非常に高い確率で手術後に再発するからです。
手術を受けると、体力が回復するまで抗がん剤などの治療を始められないため、もし手術後すぐに再発すると、治療の手立てが一時的になくなってしまう、という問題もあります。
手術によって、かえって寿命が縮まってしまうおそれがあるのです。
技術的には手術できても、手術が患者さんにとってメリットにならない、というケースは多々あるということです。
そこで、手術が有効と考えられないケースでは、「手術以外の治療を続けた方が長く生きられる可能性が高い」ということを医者は患者さんに説明します。
しかし、「手術する方がいいか否か」は、患者さんの人生を左右する重大な問題です。
これを毎回医者個人の私見で決めるのは危険ですから、可能な限り一定の水準で治療が選択できるよう、仕組みづくりがなされています。
それが、「診療ガイドライン」です。
ガイドラインでは「この状況の患者さんには手術の方が長く生きられる可能性が高い」「この場合は手術ではなく抗がん剤治療を行うのが望ましい」といった治療指針が、全国(あるいは全世界)の医者の間で共有できるようになっているのです。
では、そもそもこうした治療指針は、どのように決められるのでしょうか? 偉いお医者さんたちが話し合って決めているのでしょうか? もちろんそうではありません。
実は、患者さんにとってより良い治療の選び方を見つけるため、世界中でたくさんの臨床試験が行われています。
先ほど、「手術をせずに抗がん剤治療を続けた方が長く生きられることもある」と述べましたが、これは、「どういうケースで抗がん剤治療が最適な選択肢になるか」といった疑問の答えが、臨床試験で得られているからです。
たとえば、あるがんのステージ4(※)のうち他の臓器に1ヶ所転移がある、という患者さんに「手術すべきか」を知りたければ、「手術をしたケース」と「手術せずに抗がん剤で治療したケース」をそれぞれ数百名、あるいは数千名集め、どちらが長く生きられるかを比較する臨床試験を計画するのです。
臨床試験は全世界でたくさん行われ、その結果が論文として発表されています。
その知見が蓄積した結果、「どんながんの、どんな病状であれば、抗がん剤で治療する方が長く生きられる可能性が高いか」といった情報が医者の間で共有されていきます。
そして、科学的根拠が十分だと判断されれば、診療ガイドラインに盛り込まれるのです。
このようにして確立した根拠の確かな治療のことを「標準治療」と呼びます。
むろん、手術しない方が長生きできる可能性が高くても、ご本人やご家族は「手術して良くなる方に賭けたい」と思うかもしれません。
しかし、医者としては「患者さんにとって利益となる確率が高いことがわかっている治療」を放棄して、軽々に「わずかな可能性に賭けましょう」とは言えないのも事実です。
いずれにしても、医者が提案した治療に対して疑問を持ったときは、「なぜその治療法が最適なのか」を十分に理解できるまで説明してもらう必要があるのです。
(※)ステージ4に対する治療はがんの種類や病状によってさまざまです。大腸がんは、肝臓や肺への少数の転移があるステージ4には手術も有効なことがありますし、卵巣がんや精巣腫瘍、一部の胃がんなど、ステージ4であっても手術が検討されるケースはあります。
【まとめ】『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』記事リスト
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