国民全員に月額7万円が配られたら...。森永卓郎さんが考える「ベーシックインカム」

定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、注目を集めている社会保障制度「ベーシックインカム」についてお聞きしました。

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国民全員に月額7万円配る制度案が浮上

ベーシックインカムという社会保障制度がいま世界で注目を集めています。

ベーシックインカムというのは、年齢・性別・所得などの個人属性にかかわらず、全ての国民に一定額を定期的に支給する社会保障制度です。

これまでベーシックインカムを完全導入した国は存在しませんが、フィンランドやインド、カナダ、オランダなどで対象者を絞った社会実験が行われ、米国でも11都市で社会実験が始まっています。

なぜ世界でベーシックインカムが注目されているのか。

理由は、いくつかあります。

一つは、所得格差の爆発的拡大です。

新自由主義が広がるなかで、弱肉強食化が進み、最低限の生活を確保できない低所得層が増えているのです。

そこに新型コロナウイルスの感染拡大が拍車をかけました。

もう一つは、ベーシックインカムが、非常にシンプルに所得格差を是正できることです。

例えば、年金制度や生活保護制度は、給付額を決定するために複雑な計算を必要とするため、制度を維持するには大きな行政負担が生じます。

ベーシックインカムは、一律給付ですから、行政負担が小さいのです。

日本でも、ベーシックインカムの導入は、一部の学者の間では議論されてきましたが、にわかに注目を集めるようになったのは、菅総理のブレーンの一人といわれる竹中平蔵氏が月額7万円のベーシックインカムの導入を提言したからです。

読者のなかには、その提言を奇異に感じられる方もいると思います。

弱肉強食・新自由主義を推進してきた竹中氏が「庶民に優しい」政策を提言したからです。

しかし、その提言には裏があります。

実は、竹中氏の提言は、ベーシックインカムの導入と引き換えに、生活保護や年金を廃止するという条件がついているのです。

現在、年金や医療保険、介護保険、失業保険、障碍者福祉といった社会保障を全体でみると、120兆円の給付規模になっています。

月額7万円を国民全員に給付するのにかかる費用は100兆円ですから、社会保障の大部分を廃止すれば、新たな国民負担なしにベーシックインカムを導入できるという計算です。

つまり、ベーシックインカムを「手切れ金」として国民に渡す代わりに、高齢になっても、病気になっても、失業をしても、障碍を負っても、月額7万円のベーシックインカムを渡しているのだから、自己責任で賄いなさいということなのです。

ただ、公的年金や生活保護や医療保険は、受給者の困窮度に応じて、きめ細かな給付ができるように設計されています。

例えば、厚生年金には、遺族年金や障害年金があり、医療保険には高額療養費制度が存在します。

それらを壊してベーシックインカムの一律給付に置き換えるというのは乱暴な議論だと思います。

仕事選びの基準が変わる可能性も

ただ、私は丁寧な設計を行えば、ベーシックインカムを給付することに大きな意義があると考えています。

それは、ベーシックインカムが仕事と暮らしを大きく改善するからです。

これまでの社会実験で、ベーシックインカムが勤労意欲を奪うことは、まったくないことが明らかになっています。

ただ、大きく変わるのは、ベーシックインカムがあると、生活のために単純労働を選ばず、より働き甲斐のある仕事に従事するようになるということです。

ベーシックインカムだけで食べていくことが可能になるので、つらいだけの単純労働はしなくなるのです。

ここで、高齢期の生活に目を転じましょう。

実は、年金生活者は、事実上ベーシックインカムをもらっているのと同じです。

経済学者のなかでも、ベーシックインカムが導入されたら、国民年金・基礎年金は廃止してもよいと主張する人がたくさんいます。

いま国民年金・基礎年金はフル加入で月額6万5千円ですから、月額7万円のベーシックインカムとほぼ同じと考えてよいでしょう。

それでは、ベーシックインカムに近い年金を受け取りながら、いまの高齢者は、その恩恵を十分に活かしていると言えるでしょうか。

働き甲斐のない仕事に従事していないでしょうか。

もちろん個人ごとに異なりますが、おおざっぱに言えば、生活費を切り詰めれば、食べていくだけなら、年金だけで暮らせます。

そうした環境の下では、あまりお金にならなくても、自分が本当にやりたい仕事をやるということが、いちばん幸せな老後につながるのではないでしょうか。

私の大学のゼミ生に、「もしベーシックインカムが導入されたら、どんな仕事をしたい?」と聞いたことがあります。

俳優、音楽家、作家、お笑い芸人、イラストレーターなど、さまざまな意見が出ましたが、共通するのは、クリエイティブな仕事をやりたいということでした。

若者と同じことをしろとは言いませんが、せっかく年金というベースカーゴ(※)があるのですから、報酬よりもやりたいことを優先して仕事を選ぶ方がずっと幸福な老後に近づくのではないでしょうか。

少なくとも私は、そうしています。

※基礎となる貨物、転じて基盤となる収入の意味。

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森永卓郎(もりなが・たくろう)
1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『なぜ日本経済は後手に回るのか』(角川新書)がある。

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『なぜ日本経済は後手に回るのか』

(森永 卓郎 森永 康平/KADOKAWA)

新型コロナウイルス感染症によって生じた日本経済の失速。その原因は長年続いている「官僚主義と東京中心主義」にあると、森永さんは分析します。では今後どうすれば感染拡大を抑え、経済的苦境を脱することができるのか――。豊富な統計やデータを基に導き出された、未来への提言が記された一冊です。

この記事は『毎日が発見』2020年12月号に掲載の情報です。

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