父が入院してようやく、家事一切を父が仕切っていたことが明るみに/うちの親にかぎって!

こんにちは。お久しぶりの松風きのこです。母娘2人で行った旅行先の行動で、母の認知症に気づいたのが3年前。現在は東京から福岡の実家へ通う遠隔介護中ですが、まずはそこから病院に連れて行くまでの、長い長い道のりを聞いてください...涙。

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認知症のための病院を周到に調べたのに、いつまでも行ってくれないという話を前回書きました。そのうち父も母も「認知症なんかじゃない!」「今のままでも困ってない!」と意地を張るようになってしまいました。認知症がどういうものか、父も母も、そして私も本当のところは分かっていなかったのです。そうこうしているうちに父が整形外科(頸椎狭窄症)の手術で入院することになり...。


ゴミの日も分からない、暖房も使えない。いったいどうやって暮らしていたの?

母の認知症については何の対処もされず、私だけがやきもきしているまま年月が過ぎてしまいました。そして1年後のお正月、すき焼きを囲んでいたら、いつもは鍋奉行でうるさいくらい采配をふるう父が手出しをしないので「どうしたの?肉が固くなっちゃうよ?」と言ったら「じつはワシ、最近、箸がうまく持てんのじゃ」とションボリしたのです。

見たら右手だけがすごく痩せていてビックリ! これは何か病気かもしれない、と、父にとっては滅多に行かない病院に同行すると、頸椎狭窄症との診断が。医師からは「食事程度なら今は補助器具もあるし、高齢なので手術は負担が大きい」と勧められなかったのですが「ワシは死ぬまで自分の箸でうまいモンを食いたいんじゃ!」と父は手術を即決しました。

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入院は2週間ほどで、私はその世話のために再度2月に帰省しました。でも帰ってみてビックリ。病院は完全看護で付き添いも不要なのに、母まで家にいないのです。聞くと伯母(母の姉)の家に泊まり込んでいると...。伯母も足が悪く、杖をついてどうにか歩ける程度なのに、父の着替えの洗濯と母の世話までしてくれて、タクシーで母を連れて毎日父の病院に通ってくれていたのです。

おまけに私まで伯母の家に泊まれと、父母伯母の3人に説得され...いやいや、なんでわざわざ伯母さんちに?それじゃ私が帰って来た意味がないでしょ?と母を連れて実家に帰ってきたのですが...

家に近づくにつれみるみる母の顔がくもり、
「きのこちゃん、うちはものすごく寒いのよ」
「そりゃそうでしょ、2月だもん。でも伯母さんちだって寒いでしょ」
と、家に帰るのをものすごく嫌がるので、ヘンだな~と思っていたら
「じつはね、ストーブが壊れているの」と深刻に告白されました。

でも灯油が切れていただけだったので、私が補充しようとすると
「危ないからやめて!お父さん帰ってくるまで待って。やっぱり伯母さんちに行きましょう」って...確かにちょっとは力仕事だけど、こんなこともやったことがないなんて。というより、もしや「灯油が入れられない」だけで伯母さんちに泊まっていたの?

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父にそれを言うと、一応やり方は教えて、2週間分の灯油も買い置きしてあったけど、母ができるようになるとは思えなかったから伯母さんちに預けたというのです。

何日か経ってゴミが溜まってきたので捨て方を聞くと、曜日や集積場所も分からないのです。

「いつもお父さんが捨てるから、勝手にやると怒られるのよ」と...。確かにこれでは母一人を家に置いてはおけません。

父が不在になってはじめて、この数年、掃除洗濯炊事、家事のすべてを父がやっていたことを知ったのでした。


あるとき母の財布を捜していると、中に折りたたんだメモを発見。電車の乗り方、住所氏名、生年月日や親戚の連絡先などを書いて父が入れていたのです。母はそれを持っていることも忘れてしまっていたけれど、父はここまでしなきゃならないと気づいているのに、それでも認知症ではないと言い張っているのです。

私のほうがまだ認識が甘かった。
私は入院している父の世話ではなく、1人で留守番ができない母の世話をするために帰って来たのだと思い知ったのでした。

 

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イラスト/にのみやなつこ

 


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松風きのこ(まつかぜ・きのこ)さん

大学進学で上京し、広告制作会社でコピーライターを経験したのち、広告、雑誌を中心としたフリーライターに。父(82歳)母(81歳)は福岡在住。5年前、父が頸椎の手術をしたのを機に、それまで年に1週間程度だった帰省を3~4ヵ月間に増やし、さらに母が認知症と分かったため、東京と福岡を往復しながら遠隔介護中。母が認知症だとは気づかずに過ごした数年の間に、周囲がみんな逆効果の対応ばかりしていたことに思い当たり、この体験記を書くことに。

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