母と旅行に行って初めて気づいた「できない」加減がケタ外れ!/うちの親にかぎって!

pixta_29989693_S.jpgはじめまして。松風きのこです。東京で仕事をしながら九州に住む認知症の母と、足腰弱っているけど気力だけは元気な父の遠隔介護をしています。いざ認知症だと分かると、そうなる前までの数年間が、とても重要な時期だったことに気づきました。この期間の接し方で、状況がずいぶん変わったかもしれない。という反省から、この話を書くことにしました。似たような場面のある方、これから遭うかもしれない方へ、少しでもご参考にしていただければ幸いです。

 
海外旅行の予行練習のつもりだった沖縄で、

母の現実を知ることになるとは

3年前の年末、母が「きのこはいいわねえ。自由に旅行ができて。私も生きている間に一度でいいから海外旅行をしてみたかったわ」としみじみいうので「どうして諦めたようなことを言うのよ(笑)。今からだって十分行けるよ!」と、さっそく1ヵ月後、お正月の帰省ついでに初めての親子2人旅を決行することにしました。

といってもいきなり海外ではハードルが高いので、まずは移動時間も短く、温暖でリゾート気分が味わえる沖縄へ。あくまでもいつか海外に行くための練習で、簡単なところを選んだ...つもりだったのです。

たとえば万が一はぐれても、人に聞けばホテルには帰れる。夜中に何か足りなくなってもコンビニくらいは一人で行ける。ところが実際はそんなもんじゃなかった! 首里城の見学コースはおろか、ホテルの中ですら片時も目を離せないレベルだなんて、想像もしていませんでした。

沖縄に到着して私がレンタカーを運転中、見通しの悪い道へ出るとき「そっち(左車線)大丈夫?」と聞くと、いつまでも「まだよ~まだよ~」と言うので変だなと思うと、ずっと遠くにいる(車には関係ない)歩行者を見ていたり、完全にトンチンカン。

母が好きそうな名所やお店もバッチリ下調べしてコースを想定していたのですが、壮大な景色を見ても美味しいものを食べても、なんだか無表情&無感動で早くホテルで休みたがるし、なんだか今までと様子が違う!?

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ホテルのテラスにてくつろぐ母...でも内心はドキドキしていたのかも

 

ホテルのチェックインで1人1枚ずつ芳名帳の紙を渡されると「私は書きたくない!」と思いっきり拒絶。フロントの方は「代表者様だけでもけっこうですが、いまハワイ旅行が当たるキャンペーンをやっておりますのでよろしければ2通どうぞ(にっこり)」と親切ですすめてくださったのに「こんなものまで書かなきゃいけないの?だったら帰りたい」と、半泣きになり、ものすごく気まずいムード...。

もしや個人情報に警戒して? でもそんなことに問題意識を持つタイプだったかなあ?(むしろ無防備すぎて困るほど)だとしてもそこまで?と不思議に思い
私「せっかくハワイが当たるかもしれないのに?」
母「だって字が下手なんだもん」
私「え? そんな理由なの? じゃあ私が書くね。えーと。住所なんだっけ...?(実家の住所を暗記していない)」
母「・・・大分県」
私「へ!?!? それはおかあさんの実家でしょ? 何度も引っ越したじゃない」

そこから山口、福岡、これまで住んだことのある場所をどんどん旧い方に遡る...母の表情がみるみるこわばっていくのを見て驚きました。なんと、自分の住所が分からないのです。
(最終的に私のスマホで調べて書きましたが)


この時はじめて私は思い当たりました。これは世に言う『認知症』ではないのか!?と。そういえば、あれもこれも...ここ数年の母の失敗が、走馬燈のようにグルグルと頭をかけめぐりました。もともと天然ボケなので境目がわかりにくく、それくらいは年相応だと、いつも笑ったり怒ったりしながらやり過ごしてきたけど、どれも認知症のせいだとすれば、合点のいくことばかり(後に知ったことなのですが、認知症の初期には、できないことを隠そうとして妙な言い訳をすることがあるのだそうです)。

ああ、大変な人を連れて来てしまった。 
帰ったらすぐに病院を探さなきゃ...いや、それ以前にこの旅行を無事に敢行するにはどうしたらいいのか...。とにかく想定していたコースは考え直さなければ。
こんな状態でもまだ楽しんでもらう方法を探さなければ気が済まない!という私の性分が、母にプレッシャーを与えているとは気づいていませんでした。
母が、母自身の変化に気づいて傷ついているとは思いもよらなかったのです。

次回に続く。

 

次の記事「もしかして認知症?の母との思い出作りは、感動よりも"気持ちよさ"優先で/うちの親にかぎって!(2)」はこちら。

  

松風きのこ(まつかぜ・きのこ)

大学進学で上京し、広告制作会社でコピーライターを経験したのち、広告、雑誌を中心としたフリーライターに。父(82歳)母(81歳)は福岡在住。5年前、父が頸椎の手術をしたのを機に、それまで年に1週間程度だった帰省を3~4ヵ月間に増やし、さらに母が認知症と分かったため、東京と福岡を往復しながら遠隔介護中。母が認知症だとは気づかずに過ごした数年の間に、周囲がみんな逆効果の対応ばかりしていたことに思い当たり、この体験記を書くことに。

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