こんにちは。東京と福岡を往復しながら遠隔介護をしている松風きのこです。母が認知症ではないと言い張りながらも、一人では家に置いておけないと伯母(もっと高齢で足も不自由なのに)に預け、2週間の予定で入院した父。父の不在によって、母が家事をできなくなっていることが浮き彫りになってきました。しかしそもそも父だって、いつのまにそんな家事ができる男になったのでしょう?
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定年前までは一切家のことをしなかった父。
でも本来の凝り性を発揮し家事にもこだわるうち、横から手出しできないほどに。
父は会社員時代は家事どころか、家にいたことすらほとんどない熱血仕事人間でした。さらに休日は趣味の釣りで不在。定年後は家庭菜園をするようになりましたが、よく考えるとすべて「食べるもの」につながっていました。
そう、父は本来食いしん坊で、自分で育てた野菜、釣った魚を捌き、料理するのも大好きなのを、一応母に遠慮していただけだったのです。なので私が実家に帰ったときに父が料理しているのはご馳走を作りたいだけ、たまたまであって、母ができなくなっているとは思い至りませんでした。
父が入院の間、母も料理をしようというポーズはとるのですが、台所に立っても、どこに何があるか分からないし、動きもぎこちない。私が味噌汁のために前夜から浸けておいた出し汁を捨ててしまったり(確かに鍋底の昆布は見えにくかったかもしれないけど)、何だかヘン。さては普段から家事をやってないな、と勘づきました。
といってもこの頃は母もまだ完全にできないわけではなかったと思うのですが、要領が悪くて時間がかかったり、失敗が増えたりはしていました。見かねた父が「ワシがやった方が効率がいい」と掃除も料理もちょいちょい手を出しているうち、台所の実権を握るようになったようなのです。
凝り性で向上心旺盛な父は、かつて仕事に向けていたエネルギーの行き場を家事に見いだしたかのように、料理もぐんぐん上達。もともと家庭菜園でひと通りの野菜は作っていたので、その大量の作物を消費するためあらゆる保存食や漬物まで自家製に。(今年はおせちまでフルコンプ)掃除にいたっては潔癖すぎて息苦しいほど。洗濯からアイロンがけ(庭しごと用の作業着にまできっちりプレス)、ボタン付けや繕い物までこなす、スーパー主夫になっていったのです。
一見とても便利...いえ、できた夫の見本のようですが、母は自分の仕事がなくなっていくことを、どう思っていたのでしょうか。父がさっさと手際よく家事をやっている間、具合が悪いといって寝てばかりいたのも、もしかしたら自分ができなくなっていくという現実から目をそむけたかったのかもしれない...と、3年経った今なら思うけれど、当時はそんな母の気持ちを推し量ることもできませんでした。
ただ怠惰で甘えているだけ、そんなふうにしか見ていない、冷たい娘だったのです。
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イラスト/にのみやなつこ