がんでも幸せ。僕が感じた「意識を超えた世界」 /僕は、死なない。(46)

2016年9月、医師から「肺がんステージ4」という突然の告知を受けた刀根 健さん。当時50歳の彼が「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)。21章(全38章)までの「連日配信」が大好評だったことから、今回はなんと31章までの「続きのエピソード」を14日間連続で特別公開します!

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入院生活

検査や治療、お見舞いなどのない一人の時間、僕はつとめて〝考えないこと〟と〝いい気分でいること〟を意識した。

過去のことも、未来のことも、いっさい考えない。

考えてもしょうがないことは、考えない。

〝今〟を気分よく過ごす、それだけだった。

〝いい気分でいる〟ために、iPodで鳥のさえずりや波の音、イルカの声などが入ったリラクゼーションの音楽を常に聴くことにしていた。

カーテンを引き、一人の空間を作る。

ベッドに横になり、ヘッドホンをつける。

耳からは鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

そう、ここは森の中。

僕の頭の中では、エメラルドグリーンの木々たちがさわさわと踊っている。

葉っぱの隙間からはキラキラと宝石箱をひっくり返したような光が僕の顔を照らしていた。

なんて綺麗なんだろう。

木々にとまった鳥たちが喜びを謳歌している。

命が〝今〟を生きていることを謳いあげていた。

身体から力が抜けていく。

無意識に固まっていた筋肉があったかいお湯に浸かったようにほぐれていく。

胸の中のズキズキやチクチク、股関節や坐骨の痛みも不思議と小さくなっていき、最後には消えてしまった。

ああ、なんて幸せなんだろう。

ここは天国だ。

そう、天国は今、ここにあるんだ。

手や足がジンジンと重くなってきた。

身体の中をエネルギーが流れていく。

それは頭のてっぺんから尾てい骨まで、まるで小川のせせらぎのように暖かなエネルギーが流れていた。

そのうち、身体とベッドの境界線がぼやけてきた。

身体の感覚が消えていく。

無限の空間に身体という物質が溶け込んでいく......なんて気持ちいいんだろう。

そして今度は、僕という存在自体が消えていく......。

自分という意識の境界線が、ぼんやりとしてきた......。

ああ、そうか......僕はここから来て、ここに帰っていくんだな。

ここには何もないけど、全てがある。

足りないものなんて、何もない。

全てがあるから、何もいらない。

ああ、なんて幸せなんだろう。

がんでも幸せ。

がんじゃなくても幸せ。

どっちも同じ。

そのとき、僕という意識は完全になくなり、至福と一体に、いや、至福そのものになっていた。

そこは物質を超え、意識を超えた世界だった。

そう、身体が消えても、自分が消えても、至福は残る......。

至福は、死なない。

限りない幸福感の海を心ゆくまで泳いでからベッドの上の現実に帰ってきて、目を開けて思った。

僕は至福から生まれ、至福に戻って行くんだ。

じゃあ、死ぬことなんて怖くないじゃないか。

あそこに戻るだけなんだから。

入院が決まった日の夜のことだった。

長男が自分の携帯を差し出して言った。

「父さん、いいよ、これ」

それはKOKIAというアーティストの「愛はこだまする」という曲の教会でのコンサートの映像だった。

僕は彼から受け取ると、早速ヘッドホンをつけて再生ボタンを押した。

ピアノの音とともに、KOKIAの澄んだ声が流れ込んできた。

次の瞬間、涙があふれてきた。

なぜかわからない。

とめどもなく涙が流れ落ちてくる。

僕は壁を向いて横になり、曲が終わるまでの約10分間、涙を流し続けた。

音楽の力はすごい。

曲が終わったとき、とても癒された自分がいた。

僕は入院中、毎日何度もこの曲を聴いていた。

目をつぶってKOKIAの澄んだ声を聴いていると、僕の胸がぎゅうっとなる。

ああ、そういえば、自分に「I LOVE YOU」って言ってこなかったな......。

僕は、自分のことを全く愛してこなかったんだな......。

ごめんね......ごめん、僕。

そのとき、まぶたの裏に子どもが現れた。

その子は小学校の低学年くらいで、なぜか薄汚れた体操服を着ていた。

その子は不安そうな、今にも泣き出しそうな顔をして、僕を見ていた。

この子は僕だ!

今まで、全く気づかないようにしていた、無視していた、僕の中の子どもの僕......。

僕の中でいないことにしていた僕。

弱い僕、臆病な僕、自信のない僕、傷ついて泣いている僕......全部、僕だった。

気づかなかった......この子が僕の胸の中にいることに......。

ごめん、本当にごめん。

僕は心の中でその子を抱きしめるように、自分の身体を両手で抱きしめた。

ごめんよ......愛しているよ、愛してる。

KOKIAの澄んだ声と一緒に「I LOVE YOU」と言いながら、自分を抱きしめ続けた。涙がとめどもなく流れていた。

毎日毎日、何度も何度も、この曲とともに自分を抱きしめているうちに、涙はだんだんと出なくなり、そのうちに暖かい微笑が浮かぶようになった。

あの子が「もういいよ、ありがとう」と言った気がした。

【次回のエピソード】ついに来たか...。抜けた髪の毛と、がんの放射線治療。

最初から読む:「肺がんです。ステージ4の」50歳の僕への...あまりに生々しい「宣告」/僕は、死なない。(1)

【まとめ読み】『僕は、死なない。』記事リスト

shoei001.jpg50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこと」として当時を振り返る第2部も必読です。

 

刀根 健(とね・たけし)

1966年、千葉県出身。OFFICE LEELA(オフィスリーラ)代表。東京電機大学理工学部卒業後、大手商社を経て、教育系企業に。その後、人気講師として活躍。ボクシングジムのトレーナーとしてもプロボクサーの指導・育成を行ない、3名の日本ランカーを育てる。2016年9月1日に肺がん(ステージ4)が発覚。翌年6月に新たに脳転移が見つかり、さらに両眼、左右の肺、肺から首のリンパ、肝臓、左右の腎臓、脾臓、全身の骨に転移が見つかるが、1カ月の入院を経て奇跡的に回復。現在は、講演や執筆など活動を行なっている。

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『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』

(刀根 健/SBクリエイティブ)

2016年9月、心理学の人気講師をしていた著者は、突然、肺がん告知を受ける。それも一番深刻なステージ4。それでも「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる代替医療、民間療法を試みるが…。当時50歳だった著者の葛藤がストレートに伝わってくる、ドキドキと感動の詰まった実話。

この記事は『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』(刀根 健/SBクリエイティブ)からの抜粋です。

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