「一人がいいのに」とぼやく義母と同居。夫と板挟みでストレスフルな日々

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ごじょう
性別:女
年齢:63
プロフィール:長男の嫁なのでいずれは介護がと覚悟はしていましたが、暮らしてみると想像以上のストレスでした。

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87歳の義母は、80歳を境に急に体力、気力が衰えてきました。それまでは「元気印」が自慢で、これといった病気もせず、病院とは縁遠い生活。ですが寄る年波には抗えず、病院通いが日課になりつつあり、物忘れも日増しに強くなってきました。

30年前に突然未亡人となった義母は、当時、大学2年だった私の夫と高1の弟を学校に通わせるため、かつて身につけた洋裁の腕を頼りに家を切り盛りしてきました。それだけに何でも一人でやることができるという自信と自負も半端ではなく、子供たちが独立、自立、結婚した後も「私は絶対に子供の世話にはならない」と豪語し、実際そのように暮らし続けており、まだまだ元気で大丈夫とプライドを持っているのです。

義母の本心はわかりませんが、実家を訪ねれば歓待してくれ、それどころか、いつもお客様扱いのおもてなしに面映ゆい気分になります。もっとフランクに付き合って、遠慮なく行き来できれば、と思いつつも、夫にはそういう私の心情がわかるはずもありません。母親に甘える夫、いつまでも子ども扱いする義母に違和感を抱えながら年月を経てきました。

ある日、義母の家を訪ねた際、「そういえば、この前ゆで卵をつくっているときに、お鍋がバァーンって爆発したのよ」との告白が。ガスの消し忘れを重大なことと捉えてもいない話しぶりに一抹の不安を抱きました。その頃からでしょうか、会話の中で、あれっ?と思うような心配な場面が一つずつ増えていったのです。その後、ついに看過できないことが起きました。「庭で転んだの。腕が上がらない」と泣きそうな声で電話してきた義母は、いつもの強気の姿は見る影もなく、気弱なものでした。

いろいろな状況を考え、私たちの家に引き取り病院通いを始めましたが、腕が不自由なことに加え、慣れない環境、遠慮しながらの生活は、身体の痛み以上に苦痛を伴っていたようです。「自分の家に帰る、ここには私の部屋もない」などの言葉を連発し困りました。そこで、私たち夫婦が義母の家に移り住むという一大決心をしたのです。

それでも義母は、まだまだ一人で大丈夫と思っており、私たちに対して「早く帰って頂戴。一人がいいのだから」と邪魔者扱い。それでも何とかなだめすかして居座る形での同居が始まりました。

さて、嫁として、一人暮らしが最高と思っている義母に寄り添うには、どのような距離感で接すればいいのか迷います。今までのように「お客様扱い」では困ります。そうかといって、家事全般を任せてもらえるほどの信頼もまだできていません。とはいえ、私たちがいるということは、義母にとっては「お客様がいる」ということになり、非日常の出来事なのです。ご馳走をふるまわねばと意気込む義母と、ありのままの生活をしようとする私の間で、微妙に食い違う価値観。身体が思うように動かせない義母を助ける立場なのに、やはり主導権を握られて、かえって疲れさせてしまう有様です。そういう事情を理解しない夫から「もう少ししっかりとおふくろのことを考えてくれ」と心ない言葉を投げかけられる始末です。

かわいい息子に自分の手料理をふるまいたい義母に対し、危ないからと嫁である私に家事をさせようとする夫。できるだけ義母の負担にならないよう、プライドを傷つけないよう、それでいてしっかりサポートしなくてはと神経を遣う私。皆がストレスをため込んでいます。

「あぁ~あ、一人がいいのに。食べたいときに食べ、寝たいときに寝られるのに」と何気なくぼやく義母にため息をつく日々です。

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