<この体験記を書いた人>
ペンネーム:大家ぽん子
性別:女
年齢:64
プロフィール:親の介護問題、避けては通れませんね。
64歳の主婦です。1歳上の夫と猫と暮らしています。
8年ほど前、義母(当時79歳)と2人暮らしだった義父が、80歳で亡くなりました。
義父は亡くなる1年前に脳梗塞を起こし、一時は命が危ないともいわれましたが、治療の甲斐あり一命をとりとめました。
ですが症状は重く、ほぼ寝たきりになりました。
退院後は介護施設に入所できることになったのですが、その時の義母の悪気のない言動が今でも忘れられずにいます。
義母は自他ともに認める「しっかり者」です。
88歳になってもなお一人暮らしを続けていますし、実家に様子を見に行っても部屋はいつもピシっと片付いています。
困りごとがないか聞いても、逆に私たち夫婦のことを心配してきます。
ご近所の方に「いつも母がお世話になっております」とあいさつに行った時も「〇〇さんは心配いらないわよ~」と言われるほどです。
そんな義母ですので「義父の入院から施設入所まで全部自分でやった。息子たち夫婦に手伝ってもらったのは車を出してもらったくらい」と悪気なく、ごくごく自然に思い込んでいるようでした。
実際は、退院後の介護施設が決まり入所するまでいろいろなことがありました。
退院が2週間後に迫る中、入院中の病院手続きはもとより、退院後に行く施設や病院なども何か所も見学に行きました。
市役所にも行き、介護認定を受ける手続きや認定調査も受けました。
とても私たち家族では抱えきれなかったので、手続きは義弟夫婦と私たち夫婦で分担しましたが、平日に自由の利く私が義母に同行し、市役所の手続きや施設の見学などに行くことが多かったです。
義母のその時の様子といえば、役所も施設でもフンフンと話を聞き「お願いします」の一言だけ。
義父の今の様子を話したり、診断書を手配したり、書類をそろえたりは私たちが行いました。
入院していた病院を退院する時も、義母はお財布と保険証を手渡して終わり。
その時はとにかく慌ただしく「無事に済んでよかったなあ」としか思わなかったのですが...。
その後しばらくして義母のご近所の方にこう言われました。
「お義母さん、本当にしっかりしているわね。お義父さんのこと、全部やったんでしょう? しっかりしたお義母さんで、お嫁さんは楽ねえ~」
さらに正月に皆で集まった時にはこんなことも。
「全部私がしたから大変だったわ。あなたたちには車を出してもらったくらいね」
義母がそう言った後、そこにいた皆がぽかーんとしました。
義母も義父の急な病気と介護施設への入所で生活が一変し、細かいことを覚えていられないくらいのショックを受けたのでしょう。
しかし、「あれだけのことをしたのに、覚えていないの⁉」と夫とむなしい気持ちで実家を後にしました。
実際に介護をなさっている方のご苦労を考えると、とるに足らない事だとは思います。
それでも義母から一言でも「あの時はありがとう」の一言があれば、もっと気持ちよく頑張れたのにな~と今もモヤモヤしてしまいます。
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