「お嫁さんがかわいそうよ」頑なに同居を拒む母に、兄夫婦が思いついた「ほっこりする暮らし」

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:まりえんぬ
性別:女
年齢:52
プロフィール:働き者ではないけれど、仕事がないと生活に張りがないと気づかされた昨今。

「お嫁さんがかわいそうよ」頑なに同居を拒む母に、兄夫婦が思いついた「ほっこりする暮らし」 pixta_62836408_S.jpg

母は80代後半です。

10年ほど前に父が亡くなり、それ以降は一人で暮らしていました。

自転車で10分ほどのところに兄が住んでいて、私の家からは車で1時間くらい離れています。

父が亡くなってすぐの頃、一人では寂しいだろうと兄が同居を提案しました。

兄が家族で住んでいる家を引き払って、実家を二世帯住宅にしてはどうか、というものです。

母は結婚当初から父の父母、母にとっての舅姑と同居でした。

その当時だと珍しくなかったとは思いますが、お風呂も台所も全て一緒の完全同居です。

家が商売をしていたこともあり、一日中顔を合わせ、食事も一緒。

休みの日の朝、ゆっくり寝ていることもままならず、疲れて横になることも憚られる...。

明治生まれの舅姑との同居が、いかに大変だったかは想像に難くありません。

けれど孫である私にとっては優しい祖父母だったため、母が祖父母の愚痴をこぼしたり悪口を言ったりすることはありませんでした。

そんな経緯があってか、母は兄家族との同居を拒みました。

頑なに、「お嫁さんがかわいそう」と言うのです。

昔のような同居ではなく、玄関も水周りも分けて完全に二世帯住宅にすると言っても、譲りません。

「それでもお嫁さんは気を使うものよ。あんまり近くにいたらいけないのよ」

自分の経験を思い出してか、つぶやくように言います。

当のお嫁さんである義姉が「私は全然構いませんよ」と言ってくれても、母は首を縦に振りませんでした。

しばらくは日中行ける者が実家へ行き、母の様子を見たり会いに行ったりしていました。

時折兄が泊まることもありましたが、母は「おまえは家に帰りなさい。お嫁さんを大事にしなさい」と、いつも言っていました。

それからしばらくして足腰が弱った母がお風呂で転倒してしまいました。

いよいよ一人ではいさせられないと考えた兄。

兄には3人の子どもがいて、一番上は社会人、下の二人は大学生です。

その3人の子どもがローテーションを組んで実家に泊まることにしたのです。

「泊まる」と言うよりは「暮らし」です。

部屋だけはたくさんある家なので、3人が自分の部屋を決め、私物を置いて普通に暮らし始めました。

そこから仕事や学校へ行き、帰ってくるのです。

母は孫の世話をすることに生きがいを感じ、お弁当を作ったり洗濯をしたり、以前よりずっと元気になりました。

子どもたちもおばあちゃんに甘えながらも労わりは忘れず、率先して掃除をし、時にはマッサージをして喜ばせているようです。

自転車で10分の距離なので、自宅へも行ったり来たりしながら、適度な暮らしをすぐに確立したようです。

やはり若い子は柔軟性があるな、と感心しました。

義姉も作ったお惣菜を持って顔を出すことも多く、良い関係は続いています。

素直におばあちゃんと同居してくれた甥っ子姪っ子、そのような暮らし方を提案してくれた兄と義姉にとても感謝しています。

母がずっと心安らかに楽しく暮らしてくれれば、何も言うことがありません。

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