<この体験記を書いた人>
ペンネーム:まさかず
性別:男
年齢:42
プロフィール:今月父の七回忌を迎える42歳の一人息子、兼4人娘の父親サラリーマン。
私の父は6年前、肺がんを患い65歳で他界しました。
昨年の11月に七回忌を迎えました。
毎年、夕暮れに冷んやりとした風を感じるこの時期になると、思い出すことがあります。
あの日は、仕事を終えて父のお見舞いに行くところでした。
父はその1か月前に5年間の肺がんとの闘病生活に区切りを付け、ホスピスに入院していました。
既に独立し家庭を持っていた私(当時36歳)は、母親と日替わりでお見舞いに行くことにしていました。
夕飯代わりの菓子パンとジュースを買って病室に入ると、父は明るい声で「よう」と声をかけてくれます。
「今日の仕事はどうだった?」「まぁ、いつも通りだよ」そんなところから会話は始まります。
私は一人息子で父にはとても可愛がられていました。
父は車と鉄道が大好きだったので、当然私も影響を受けて、少しずつ詳しくなりました。
一緒に暮らしていた頃は、これが格好いいだの、あれはイマイチだのあの電車がついに引退するだの、よく話をしていたものです。
ホスピスでも、しばらくはそんな会話をしていました。
実家にいる時と同じような感覚だったと思います。
ただ、一日おきに会うので、次第にネタも尽きて会話が続かなくなった時、父ががふと言いました。
「おまえは子供4人もいるんだな。俺ももう1人ぐらい欲しかったな」
私は1人っ子。
母親からは、2人目を流産してしまい、その体験が辛かったので、それ以来、子供作るのはやめたと聞いたことがありました。
「へえ、そうなんだ」
そういえば、父からその話聞いたことはありませんでした。
父親は設計技師をやってました。
いわゆるモーレツ社員の世代で、平日は深夜に帰宅。
徹夜で帰らない日もありました。
日常の会話は母親とすることが圧倒的に多く、父親と車や鉄道以外の会話をする機会は稀でした。
「再チャレンジはしなかったの?」
「いや、何度か誘ったんだけどね。毎回断られちゃって。アイツ頑固だから。だめだったなぁ」
「なるほど」
母親の意志の強さは私もよく知っています。
「そういえば、お父ちゃんの学生時代ってどうだったの?」
「高校入るのが1年遅かったからな。ウチも貧乏でね。学費は兄貴に出してもらったんだよ」
初めて聞く話でした。
父親は5人兄弟の末っ子です。
祖父の収入が安定せず、高校の学費の支払いが苦しく諦めていたところに、起業した叔父(長男)が学費を出して高校に通わせてくれたそうです。
「機械科に行けて勉強になったよ。米軍基地で兵器修理の仕事もしたよ。当時はベトナム戦争中で、負傷した兵士が病院に運ばれるのも見たな」
そして、叔父が起業した設計事務所を手伝い、兄弟で製図の仕事をやっていたようです。
私にはとても新鮮な話でした。
父親は家ではあまりこのような話をしなかったからです。
1年遅れで高校に通ったことを私に話したくなかったのかも知れません。
でも、その日はいろいろな話をしてくれました。
学生時代の悪さや、母親との馴れ初めにも少し触れていました。
話をすると、のどが渇きます。
しかし、看護師さんが飲ませてくれるのは、とろみのある温い水で、父はそれが不満だったようです。
「もっと冷たいのが飲みたいな」
「うーん。できればこっちを飲んでほしいんですよね」
「まさかず。冷水機から水を持ってきてくれるか?」
「分かった」
私は、待合室にある給水機から紙コップで水を汲み父親に渡すと、父はグイっと水を飲みながら言いました。
「あーうまい。」
そう言って女性の看護師さんに目を向けます。
「いい男だろ?」
「そうですね」
微笑む看護師さん。
「でも、もう結婚しているから紹介できないんだよな」
「それは、残念です~」
おどける父に看護師さんも笑顔で返します。
もう1人で立つことができない父を看護しくれている看護師さんと、よろしくやっています。
父のこのような振舞いを見るのも初めてでした。
私が成人してから一緒にお酒を飲むことはありましたが、若い女性にちょっかいを出すようなことはありませんでした。
父にもこんなところがあるのだと親近感が湧きました。
走行している間に、面会時間も終わろうとしていました。
「今日はそろそろ帰るよ」
「そうか。じゃあ、またな」
「お水ぐらい好きなだけ飲んだらいいよ」
父にそう声をかけて病室を出ました。
帰りは、初めて聞いた話題と、楽しそうに話す父親の声をぼんやりと反芻しながら電車に乗っていた気がします。
次はどんな話をしようかなと楽しみになっていました。
でも、その続きはまだ聞けていません。
翌日、その部屋には、ベットで眠る父親と、そこにそそぐ暖かい日差し、窓の外にはきれいな富士山がありました。
11月になるとそれをよく思い出します。
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