人気漫才師、タレント、司会者、元参議院議員、そしてなにより愛妻家......いくつもの顔を持つ西川きよし氏。2020年には漫才師として初めて文化功労者に選出されるという偉業を達成し、現在も精力的に活動を続けている。
このほど、そんな西川氏の自伝『小さなことからコツコツと 西川きよし自伝』(文藝春秋)が出版された。西川氏のトレードマークといえば「ギョロ目」。その目で何を見て、何に驚き、何を伝えてきたのか――本書は西川氏の幼少期から現在までを丹念に追っていく。
※これはダ・ヴィンチWebの転載記事です
『小さなことからコツコツと 西川きよし自伝』(西川きよし/文藝春秋)
西川氏(本名:西川潔)が生まれたのは、日本国憲法が公布され、本格的に「戦後ニッポン」が動き出した1946年(昭和21年)。
高知県で材木業を営む家の5人兄姉の末っ子として可愛がられて育ったというが、小学2年生のときに父の会社が倒産し、夜逃げ同然で大阪へ転居することとなった。
生きていくのがやっとの暮らしの中で母を助けたいと、青果店で働いたり新聞販売補助をしたりと、小学生の頃からアルバイトをした西川少年。
「もうあの頃の生活には戻りたくない」との気持ちが、その後の彼を支える大きなエネルギーにもなったという。
そんな西川少年が「芸人」を志したのは、中学卒業と同時に就職した自動車修理工場で大怪我が負ったのがきっかけだった。
修理工場に行くことに恐怖心を持つようになってしまったために進路変更を余儀なくされたことで、「芸人になる」という夢に思い切って一歩踏み出すこととなったのだ。
本書は文楽座で喜劇役者・石井均氏の出待ちを続け、なんとか弟子入りを許可された「芸人・西川きよし」誕生のときからはじまる。
「休みなし、給金なし」の見習いを地道に続けていた西川氏は、石井氏の紹介で吉本新喜劇へ。
やっともらえた役は「通行人A」で、メインの仕事は白木みのる氏の付き人。
それでも給料をもらえるようになった西川氏は腐ることなく地道に下積み生活を送る。
そしてのちに妻となるヘレンさんとの出会いによって大きな転機が訪れる。
ヘレンさんとの新婚生活、生涯の相方・横山やすし氏とのコンビ結成、人気絶頂からコンビ解散の危機、参院選への挑戦、大物政治家たちとの出会い......ターニングポイントを列挙しただけでも西川氏の人生は小説顔負けの波乱だらけだ。
とはいえ、どんなピンチに追い込まれてもなんだか明るい。
人に感謝し、コツコツ努力を惜しまず実直に生きる。その生き様には実に教えられることが多いだろう。
貧乏でもしんどくても、環境のせいや誰かのせいにすることなく前向きなのは、根底に自分や他者への「信頼」があるからだろうか。
そんな足元の強さにもなんだか感心してしまう。
2023年、芸歴60年を迎える西川氏の人生には、多くの喜劇界の先人たちも登場する。
後輩芸人への思いやり溢れる先人たちのエピソードは、戦後日本の大衆芸能史の貴重な証言でもあるだろう。
そしてそんな西川氏を育んだのは人情の街・大阪の市井の人々であり、本書にはそんな独特の人懐っこさも絶妙に描かれている。
そして最後をしめくくるのは妻への愛――「西川きよし」というひとりの人間の人生を通じて、人というものの「温かさ」がじんわりしみてくる一冊だ。
文=荒井理恵