12月に上演される『ジョン王』は、演出家・蜷川幸雄がシェイクスピアの全37作品を上演しようと1998年に始めた彩の国さいたま芸術劇場シェイクスピア・シリーズの最後を飾る作品です。俳優・吉田鋼太郎を世に広め、このシリーズを観なければ、吉田さんの真の魅力は分からないといわれるシリーズでもあります。その最新作について伺いました。
――いよいよ、シリーズ完結です。
2020年にコロナで一度、中止になり、翌年の『終わりよければすべてよし』でシリーズ完結としていましたが、やはりいま改めて上演したいと思いました。
ロシアとウクライナの戦争が起きていますが、『ジョン王』も12~13世紀の戦場の話。
誰か頼りになるリーダーが現れて、争いを止めてくれないか。
まさにそういう面を持つ話なんです。
ジョン王はそんなに悪いことをしたわけではないのに歴史上、非常に評判の悪い王様で、とにかくついていない人。
兄のリチャードは獅子心王と呼ばれる英雄なのに、兄亡き後、不利な状況で王位を継いだことで何もかもがうまくいかない。
そこから立ち上がろうとする追い詰められた男の面白さもあります。
そこでキーパーソンになるのが小栗旬演じる"リチャードの私生児"と名乗る男。
戦争を仕掛けるのも、止めようとするのも彼ですが、興味深いのは彼が私生児で王権を持っていないこと。
そういう第三者が、争う両国の間に現れることで見えてくるものがあるんです。
権力とは関係ない、冷静に物事を見抜ける第三者が出てきて国を導かなければ、正しい導き方はできないのではなかろうか。
まさにいまの世界情勢につながる示唆があるんですよ。
その男がジョン王を助け、やがて2人に友情が芽生えるのですが、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)であれだけいい芝居をしている小栗くんにさらにその上を見せてもらいたい。
今回初めて深く共演できるので楽しみにしています。
シェイクスピアの神聖さ、野生を表現できれば
―― 蜷川さんが亡くなられて、17年から吉田さんがシリーズの演出を受け継がれました。
演出されるようになって感じられる、蜷川さんのすごさとは何でしょう?
蜷川さんは細かいダメ出しはなさらないんですよ。
とにかく俳優を極限まで高めて、それまでにない能力を引き出す。
その手段が尋常ではない稽古場の緊張感だったり、叱咤激励だったりするんです。
普通なら2カ月かかるところを、稽古場に一瞬にしてそういう世界ができあがるから、作品自体が高みに持っていかれる。
だから蜷川さんの芝居には独特の空気がみなぎるわけです。
あれはとても真似できない。
蜷川さんの芝居にかけるもの、人生で見てきた景色が僕らと違うんでしょうね。
その緊張感や熱量を体中にみなぎらせているので、僕らが自然と引っ張られていったのだと思います。
僕が引き継いでからは、蜷川さんが大事にされてきたシェイクスピアの世俗的で分かりやすい面に光を当ててきました。
コロナ禍での上演中断を経て2年半考え抜いた末に『ヘンリー八世』を上演しました。
それだけ時間をかけて基礎を固めれば、全公演が終わる頃には役者それぞれが進化して、こんなすごいところまで作品が高まるんだという経験ができたんです。
今回で完結ということで、世俗的な分かりやすさの対極にある狂気、シェイクスピアの究極の神聖さと究極の野性という、蜷川さんが出してこられたシリーズの魅力が表れれば良いなと思っています。
そしてもし、今後2巡目ができるとすれば、それはまだまだこれからの課題だと思っています。
僕は昨年、子どもが生まれたこともあり、戦地の子どものニュースを見ると本当に胸が痛むんです。
そういう実感を大切に考えられるような作品にできれば。
ぜひ劇場でご覧いただきたいです。
取材・文/多賀谷浩子 撮影/齋藤ジン ヘアメイク/吉田美幸 スタイリスト/尾関寛子