定期誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師で作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「待ってました、晩年!」です。
老いるショックを克服して、今年2月も元気にスキーをすることができました。
老いるショックがやってきた
「忘却とは忘れ去ることなり、忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ」
これは有名なラジオドラマ「君の名は」の冒頭の一節。
小さなころ、ラジオから流れてきたこの言葉を、意味もよくわからないまま、なんとなく覚えています。
このところ、俳優の名前が出てこないなんてことがよくありますが、なんだか妙なものはしっかりと覚えていて、記憶というのはやっかいなものです。
でも、ずいぶん忘れることが上手になってきました。
昨年一年間はいろんな病気をした。
まず、心房細動。
不整脈の一種で、100万人近くの人が罹っていると言われています。
高齢になるほど増加し、一生の間に3人に1人が心房細動を経験するというデータもあります。
長嶋茂雄さんはおそらくこの心房細動から脳の左側の広範囲に脳梗塞を起こし、右不全麻痺と失語症を起こしました。
サッカー日本代表のオシム元監督も15年前、心房細動から脳梗塞になりましたが、そのときの後遺症は残らなかったと言われています。
ぼくは抗不整脈剤をのんでいましたが、なかなか改善されず、ついに4日間入院して、アブレーションという治療を受けることになりました。
おしっこの管を入れられ、おむつをはいて、術後の15時間の絶対安静。
ベッドのうえで、老いについて考えました。
突然、便意が襲ってきて、このままおむつに排泄していいのか悶々。
ボーヴォワールは「老いとはスキャンダルである」と言い、社会は老いていくことを醜聞と捉えていると指摘しました。
でも、このときのぼくにとって、目の前のおむつこそスキャンダルに思えたのです。
その後も、睡眠時無呼吸症候群や尿管結石の治療が続き、老人性皮膚搔痒症にも悩まされ、これが「老いるショックか」と落ち込み半分、おかしさ半分で苦笑い、です。
主治医に死生観を伝える
不整脈の検査で、24時間心電図をとった後、すぐに主治医から電話がかかってきました。
「先生、6秒間心臓が停止しています。先生に万が一のことがあってはいけないのでペースメーカーを考えたい」
ぼくはちょうどいい機会だと思って、日ごろ思っていることを伝えました。
「ぼくの望みは生きている間はピンピン元気に生きて、ひらりとあの世へ逝きたい。生きる長さにはこだわっていない。そのまま心臓が止まったとしても先生を責めないよ。家族にもぼくの覚悟はちゃんと伝えてあるから大丈夫」
主治医は、わかりましたと、ぼくの言葉を受けとめてくれました。
ぼく自身も、「ピンピンひらり」という自分の死生観を主治医に伝えることで、あらためて「老い」をどう生きたいかと自分に問い直す機会になりました。
言葉に出して言うということは、とても大切なことです。
本当に大切な20%のことに、全力を尽くす
「パレートの法則」というのがあります。
「世界の富の80%はたった20%の富裕層が所有している」「働きアリの20%が、80%の食料を集める」といった分布の法則で、「二八の法則」とも言われます。
とてもおもしろいと思い、ぼくもこれからの人生は24時間365日全力投球するのではなく、20%のことに全力投球して、人生の喜びの80%を得ようと考えました。
言い換えれば、人生にとって本当に大切なことは20%しかないのです。
ぼくにとって、その20%とは何か。
「イラクの難民キャンプに行って、診察を続けること」「スキーを楽しむこと」。
これらをいくつになっても続けるには、やはり筋肉づくりが大切だとあらためて思いました。
退院後も様子をみながら、毎日ウォーキングと、スクワットやランジなどの自重筋トレを続けてきました。
鎌田式速遅歩きに、大股歩きや、足の回転数を上げるピッチ歩行を加えて、ウォーキングの質も高めました。
はじめのうちは息切れが目立ちましたが、しばらく続けるとらくらくできるようになっていきました。
四股を踏んで、股関節の筋活とストレッチ。
おかげで、スマートウォッチでの脈の検出では、不整脈はまったくなくなりました。
ジムで40kgのバーベルを担ぐと、心拍数は140近くまで上がりますが、まったく平気です。
冬季にはスキー場に50日以上通いました。
3kmのダウンヒルを高速ターンを繰り返し、これを3本休みなく滑り降ります。
春の重い雪で大転倒しましたが、幸いに骨折することはありませんでした。
10年前より、スキーがうまくなったように思います。
こうして毎日のように運動を続けたことで、一時期8種類ほどのんでいた薬が、今はいっさい必要なくなりました。
もう老いるショックなんて怖くないと、素直に思えました。
そして、人生の下り坂は、生涯のなかでもっとも自由に生きられるということにも気づいたのです。
そんな経験を『ピンピン、ひらり。鎌田式しなやか老活術』(小学館新書)に書いています。
人生の幸福度を上げるもの
老いの季節には、子育てや家のローンの返済などが終わり、生きるためにやらなければならないことが少しずつ減っていきます。
「すべきこと」ではなく「やりたいこと」を実現する自由がある、これも老いの特権なのです。
カナダのブリティッシュコロンビア大学が興味深い心理学の研究を発表しています。
給料は高いけれど労働時間が長い仕事と、給料は安いけれど労働時間が短い仕事、どちらがいいかといった質問をし、それぞれの幸福度の高さを調べました。
するとお金をもつこと以上に、自由な時間をもつことの価値に気づいた人は人生の幸福度が高いというのです。
自由な時間は、老いの特権。
これをどのように生かしていくかを考えると、この先の人生がわくわくしてきます。
《カマタのこのごろ》
ぼくが代表を務めている「日本チェルノブイリ連帯基金」(JCF)では、ウクライナ難民・避難民の支援を行っています。『毎日が発見』の読者からもたくさんの応援をいただきました。ありがとうございます。ポーランドへと避難した子どもたちが学校に行くために必要な靴や学用品、絵画道具、好きなものが買えるクーポン券などを手渡すことができました。 これからもご支援をお願いいたします。
皆様のご支援で、ポーランドの小学校に通い始めたウクライナ避難民の子どもたちに靴のプレゼント。うれしそうです。