定期誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師・作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「"ソロ力"を鍛えて、人生の満足度を高めよう」です。
「つながる時間」と「一人の時間」
他者とかかわりたい、人とつながりたいという欲求をもつ一方で、人間は一人になりたいという欲求も持っています。
集団のなかでの心地よさを感じながら、時にはスマートフォンの電源を切って、つながらない時間を持ちたくなるのも自然なことだと思います。
この両者がいいバランスで保たれてこそ、精神的に安定するのではないでしょうか。
ぼくは、長年、病院というチームで働いてきました。
39歳で院長になってからは、リーダーとして常に人を束ねていくことを求められてきました。
それでも、あまりストレスにならなかったのは、一人で過ごす時間を持っていたからだと思っています。
朝4時半に起きて、医学論文を読んで勉強したり、好きな音楽を聴きながら、小説や詩を読んだりする時間は、今思うと自分の生き方を問う時間になったと思います。
一人に耐える力があるからこそ、人と共存できる
近づきたいのに傷つくことを恐れ近づくことができない心理を「ヤマアラシのジレンマ」と言います。
これは、ドイツの哲学者ショーペンハウアーが唱えたもの。
ヤマアラシは仲間の体温で暖をとりたいのに、近づけばお互いを傷つけてしまうという話にたとえたのです。
ソーシャルディスタンスが叫ばれる今も、多くの人が同じような心理に陥っているのかもしれません。
また、一人でいることに耐えられず、常に人とつながりたがる人がいます。
しかし、うわべのつきあいで心は満たされず、集団のなかにいて「孤独」を感じます。
そして、その孤独を埋めようとして、もっともっと人とつるみたがるのです。
けれど、ひとたび「一人でいい」という覚悟をすると、この悪循環を断つことができます。
一人の時間に自分自身を見つめ直すことで、自分の価値観がはっきりしてきます。
これでいいのだ、という自己肯定感も高まるでしょう。
人に染まらない自分流の考え方が持てるようになり、生き方がユニークになっていくこともあります。
自主性や集中力も高まります。
人ともたれ合うのではなく、まず一人の人間として自立することを、ぼくはソロ(一人)で立つ、「ソロ立ち」と名付けました。
ソロ立ちできているからこそ、人に依存せず、お互いにいい距離感を持ちながら、尊重し合うことができるのです。
ソロ力を鍛える3つのポイント
では、どうしたらソロ力を鍛えられるのでしょうか。
一つ目は、相手の領域に踏み込みすぎないことが大切です。
どんなに親しい人が相手でも、です。
敬意をもって、距離感を保つことが「親しき仲にも礼儀あり」なのです。
二つ目は、他人と比べないこと。
他人と比べるからこそ、他人をうらやんだり、ねたんだりする感情が生まれます。
他人より劣っている自分、他人より恵まれていない自分を哀れみ、さびしさに囚われてしまうこともあるでしょう。
三つ目は、とにかく一人の時間を持ち、一人でやってみるということです。
『鎌田式健康手抜きごはん』(集英社)を読んだ男性が料理に興味を持ち、週2回ほど料理を作るようになったと聞きました。
それは、万が一、男性が一人になった時にも生き続けるためのウォーミングアップになると思います。
同時に、妻は週2回、夫の食事作りから解放されます。
妻は友だちとランチに行ったり、趣味に没頭したり、自由にできる時間が増えていきます。
それも、妻が一人になった時のためのウォーミングアップになるでしょう。
京都旅行をして、別行動をしたという夫婦の話を聞きました。
京都駅で解散し、夫は寺社巡り、妻は買い物へ。
お昼になったらレストランで待ち合わせし、ランチを食べたらまた解散。
午後もそれぞれのプランで京都を満喫しました。
そして、夜はホテルで、お互いの話を楽しんだというのです。
いつもべったり一緒にいなくても、とても仲のいい夫婦だと思いました。
いずれ一人になる時が来る
ただし、ソロ立ちが行き過ぎて、孤独や孤立に陥ると健康を害することも忘れてはなりません。
精神的な孤独や、周囲とつながりがない孤立の状態になると、社会的フレイル(虚弱)になり、認知症や要介護状態のリスクが高まります。
孤独の早期死亡リスクは、肥満の2倍高いとも言われています。
どうしたらこうした弊害から身を守り、自立して生きていけるのか。
その答えを『60代からはソロで生きる ちょうどいい孤独』(かんき出版)に書きました。
ソロ立ちは人が成長していくうえで大切なものです。
今、大家族のなかで暮らしている人も、夫婦二人暮らしの人も、いずれは一人になる時が来ます。
だれでも、人生の最期は個人戦になるのです。
その時は、医療や介護など重要なことを、自分自身で決定しなければなりません。
だからこそ、ソロ力を磨く必要があるのです。
子どもの独立、定年退職などで、夫婦が顔を合わせる時間が長くなる60代。
長い高齢期を充実したものにするためにも、お互いにソロ立ちを始めるいいタイミングかもしれません。
一度きりの人生を後悔しないためにも、ちょうどいい距離感を探していってもらいたいものです。
父の名前を付けた自宅のログハウス「岩次郎小屋」で、音楽を聴いたり、本を読んだりす
る時が、ぼくの大事なソロの時間です。
【カマタのこのごろ】
日本救急医学会総会・学術集会で、さだまさしさんと二人でトーク&コンサートを行いました。会場は、涙と笑いで大盛り上がり。この2年間、人工呼吸器やECMOなどを用い、新型コロナと闘ってきた救急医療医たちへ、感謝とエールの気持ちを込めました。また、YouTubeで無料配信している「風に立つライオン放送局」では、さださんと一緒に、感染症に立ち向かう人たちを紹介しています。ぜひ、ご覧ください。