定期誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師・作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「コロナ禍で気付いた、身近な幸せの作り方」です。
身近な人に、きちんと接していますか?
コロナ禍で、人との距離感が変わってきました。
なかなか会えず、人とのコミュニケーションにもどかしさやストレスを感じる人がいる一方で、以前よりも一緒に過ごすことが多くなった家族とギクシャクしてしまう、なんていう話をよく耳にします。
人との距離感は、遠すぎるのも近すぎるのも難しいものですね。
よい人間関係を築くためにどうしたらいいのか。
ぼくは、ある認知症ケアの技法が大いにヒントになると思っています。
バリデーションという技法です。
相手を「価値ある人」として接する
バリデーションでは、認知症の人の行動や言葉にも価値があると考えて接します。
すると、認知症の人の反応が落ち着いたり、暴力を振るったりすることが少なくなると言われています。
「価値ある人」として接することで、認知症の人が抱いている不安が解消されるためと思われます。
なんだ、そんなの当たり前のことじゃないかという人もいるかもしれません。
たしかに、そうなのですが、この当たり前のことが行動で示せていない人が多いのです。
特に、家族といった身近な人ほど、ついついおろそかにしてしまっていませんか。
バリデーションでは、「傾聴する」「共感する」「誘導しない」「ごまかさない」「受容する」という五つを大切にしています。
身近な人と接するとき、これらを意識してみましょう。
傾聴とは、相手の言葉を、丁寧に、肯定的な態度で聞くことです。
この「肯定的な態度」というのがポイントです。
家族が愚痴や不満ばかり言っていたら、うんざりしてしまいますが、一度だけでいいから、しっかりと傾聴してみてください。
相手は話しながら自分の気持ちを整理し、新たな気付きを得ることができます。
もしかしたら、自分から愚痴を言うのはよくないと気付くかもしれません。
共感も、お互いの理解のためには大切です。
「今日はよく晴れて、風が気持ちいいね」
「夕焼けがきれいだなあ」
そんな日常の小さな感動を共感し合えれば、すれちがいの種になりそうなことも理解し合えるのではないでしょうか。
相手を誘導したり、ごまかしたりするのは、誠実な態度とは言えません。
妻が夫を手のひらの上で転がしているつもりでいても、夫のほうはむかっ腹が立つのを我慢して、転がされてやっているということもあるのです。
また、一時しのぎにごまかしても、いつかは露見して、さらに事態は悪化します。
そして、最も難しいのが相手をできるだけ受容すること。
相手のいろいろを「価値あるもの」として受け入れることで、お互いに成長していくことができます。
価値ある人として育てられた子どもは、自己肯定感が強く、人の話をよく聞き、人を大切にする本当の意味でのリーダーシップを持った人間に成長していくのではないでしょうか。
「四苦」を「四楽」にする力
身近な人への接し方と同時に、自分自身の人生を肯定することも、幸せな人生のためには大切なことです。
ぼくが往診をしている患者さんに75歳の女性がいます。
慢性呼吸不全で在宅酸素療法をしています。
彼女は、一人暮らしで生活保護を受けています。
病気があり、経済的にも恵まれていない、いろんな困難を抱えているように思えますが、この患者さんはとにかく明るいのです。
それほど多くのものは持っていない様子ですが、さらに「断捨離」してすっきりと暮らしていました。
ある日、彼女はこんなことを言いました。
「いつ来てもいいよ」
「何が?」とぼく。
「死」
ペロッと舌を出します。
その後の言葉がかっこいいのです。
「最後までちゃんと生きてやるから大丈夫」
仏教では、「生老病死」という四つの苦しみがあると言われています。
生きること、老いること、病気になること、死ぬこと、人の一生は苦しみに満ちているというのです。
けれども、そんな「四苦」も、考え方を変えることで「四楽」にすることができる、と彼女を見ていて思いました。
友人たちが拍手を送った生き方
がんで緩和ケア病棟に入院してきた80歳代の男性も、人生の楽しみ方を知っていました。
農業をやってきたと言う男性は若者の着るようなシャツを着て、それがとても似合っていました。
新し物好きで、新しい農機具、新しい種が出るとすぐ買いたくなって、誰よりも肥料を贅沢に使って、村一番の野菜を作ろうと思ってきたと言います。
しかし、彼は途中で気が付きます。
もう新しい農機具を買うのをやめよう、肥料もできるだけ制限しよう、あるもので工夫してやってみよう、と決めました。
すると、なぜか収入が少し増えました。
そのお金で、彼は世界を旅することにしました。
初めはハワイ、その後はアフリカや南アメリカ、中東など、あまり日本の観光客が行かないようなところを狙って行きました。
英語は苦手だけれど、身振り手振りで通じたといいます。
そんな旅の話を、病室に来た友だちや親せきにおもしろおかしく語っていました。
彼のがんは体中に広がっていましたが、無理な治療は望みませんでした。
臨終のときにも、たくさんの人が集まりました。
彼が最後の息を吐き出すと、親友が声を掛けました。
「すばらしい人生。ご苦労さま、ありがとう」
集まった人たちから、拍手がわきました。
みんなが彼の生き方に拍手を送ったのです。
コロナ禍のなかで、どうしたら幸せに生きることができるのか。
このほど上梓した『それでも、幸せになれる』(清流出版)に、「四苦」を「四楽」に変えるコツや、バリデーションについて書きました。
今を生きるヒントとして、ぜひ、読んでみてください。
《ぼくが出会った人生を楽しむ達人たち》
要介護5でも、最後まで株式投資をしている。
若年性アルツハイマーでも「価値ある人」。ピアノレッスン中の一枚。
夫婦で進行がん。病院で最後のダンス。