【カムカムエヴリバディ】母・安子は悪者として退場。なんてエグイ脚本だろう...見事なヒロイン交代劇

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「巧みで見事なヒロイン交代劇」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

【前回】「おいしゅうなれ」の裏で...あまりに残酷? 願わずにいられない勇の幸せ

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藤本有紀脚本のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の8週目。

今週は義弟で幼馴染の勇(村上虹郎)の告白から始まり、安子がロバート(村雨辰剛)と2人でいるところを目撃した勇が大荒れ。

安子は娘・るい(古川凛)を連れて雉真家を出ようと決意するが、家長の千吉(段田安則)に、るいの額の莫大な治療費も含め、雉真家の子として育てることがるいにとっての幸せだと諭され、1人、家を出ることに。

一方、自暴自棄になった勇は女中の雪衣(岡田結実)と一夜を共にし、朝、勇の部屋から雪衣が出てくるところに出くわした算太(濱田岳)は、実家の和菓子屋「たちばな」再建の資金を持って失踪。

算太を探すため、大阪に向かった安子が疲労困憊して倒れたところ、ロバートが介抱してくれるが、ロバートが安子に求愛&抱擁する場面を、安子を追って大阪に来たるいが目撃。

安子はるいが一番大事だと言い、断るが、るいは安子に裏切られたと勘違いし......

と、昼ドラばりのドロドロ展開と、そこからの"ヒロイン交代劇"が描かれた。

勇に告白されたときの安子の表情が、何より雄弁に脈のなさを語っていた一方で、ロバートからもらった花を勇の前でとっさに隠し、慌てて言い訳する様には、兄・稔(松村北斗)に恋していた少女時代の安子の姿が重なる。

しかも、相手は、稔を戦争で殺した国、アメリカ人なのだから、勇が荒れるのも無理はない。

...と、そこまでは思った。

しかし、酔って帰った勇に「無様ですね、そげんことでお酒飲んで暴れるなんて。雉真の坊ちゃんの面目丸つぶれじゃね」と声をかける雪衣と、「無様で結構じゃ」と雪衣の腕をつかんで言う勇に、猛烈な違和感が。

雪衣は女中のはずなのに、何目線? 

しかし、雨の中、安子を許せない思いで帰ったるいの髪を乾かしていた雪衣が、突然口を手でおさえて流しに駆け込む場面が描かれたことにより、その違和感が急に腑に落ちる。

ネット上では、このタイミングでのつわりは早すぎるという指摘も多数見られたが、きっとそうじゃない。

女中なのに対等に、何なら上から勇にむかって「無様じゃね」と言ったのだ。

勇は雪衣の自分への思いを知っていて、雪衣は勇が安子を思っていることを知っていて、互いのズルさから関係を重ねていたのだろう。

その違和感が解消された瞬間に、思わずゾッとする。

なんてエグイ脚本だろう。

さらにエグイのは、「一番大事」なるいが、入学式に間に合わなかったことを詫びる安子に対して向けた憎悪の目。

そして前髪を手ではらって、額の傷を見せつつ放った「I hate you」の一言。

安子は何もかも失い、絶望して川に向かうところ、ロバートに止められ、泣きながら一緒にアメリカに連れて行ってほしいと懇願する。

そこから舞台は昭和30年代にかわり、18歳に成長したるい(深津絵里)にヒロインが交代。

しかし、亡くなる直前の千吉の後悔から、るいがその後笑顔を見せなくなったことや、額の傷の治療をどんなに勧めても受けなかったことが明かされる。

さらに、千吉の葬式の朝でものんびりテレビを観る妻・雪衣と、父・勇の話を聞かない長男...家庭崩壊していそうな雉真家の様子から、るいの居場所がなかっただろうことも見えてくる。

そして、そんな色彩のない雉真家・岡山と、アルバイトで貯めたお金で大阪に移ったるいが身を寄せるクリーニング屋夫婦(村田雄浩、濱田マリ)の温かさ、にぎやかで華やかな大阪の街の温かさとの対比は見事だ。

安子を完全に悪者として退場させ、次なるヒロイン・るいに感情移入させる、巧みでエグイ構成に呻らされるとともに、安子の思いがいつ、どんなかたちでるいに届くのか、遠い未来への期待も託された第8週だった。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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