定期誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師・作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「読書の楽しみ"人と人の間にあるもの"を読む」です。
人と人の間にあるものが、人を癒す
「人間とは人間関係である」と、いつも考えてきました。
いつ亡くなってもおかしくない終末期の患者さんが、いい状態になり、こちらの予想をはるかに超えて長生きすることがあります。
その理由を考えると、家族や友人などいい人間関係があることに気付きます。
そんな場面に出くわすたび、僕はやはり人間は「人と人との関係」の中で癒されるものなのだ、と実感してきました。
健康づくり運動も、塩分を減らしたり、タバコをやめたり、運動したりすることが大切ですが、それ以上に「よい人間関係があること」が健康によい影響を与えると言われています。
そんな人と人との間にあるつながりを考えさせてくれる、新刊の本を4冊紹介しましょう。
AIが教えてくれる友だちの作り方
『クララとお日さま』(早川書房)2,750円(税込)
『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、早川書房)は、ノーベル賞作家の受賞後第一作です。
クララは子どもたちの寂しさを救う目的で開発された"人工親友"のAIロボット。
病弱の少女ジョジーと出会い、友情を育んでいきます。
クララには深層学習のアルゴリズムが入っており、観察し、記憶し、学習することで、高い洞察力と共感力を持つ人工親友になっていくのです。
クララは気が付きます。
「自分というのは、自分だけではわからなくて、周りの人の見た自分がないと姿にならない」
さらに、ジョジーの本質なんて分からない、大事なことはジョジーの中ではなく、ジョジーを愛する人々の中にあるということにも気付くのです。
AIが親友を作っていく過程を追うことで、僕たちが他者をどう理解し、親しくなっていくかを再確認することができます。
ノーベル文学賞作家の新作に挑戦してみてはいかがでしょう。
自分で作った壁にとらわれていないか
次の作品はドイツの絵本です。
『かべのむこうになにがある?』(ビーエル出版)1,760円(税込)
『かべのむこうになにがある?』(ブリッタ・テッケントラップ著、風木一人訳、ビーエル出版)
大きな赤い高い壁がありました。
誰が作ったのか、いつできたのか、誰も知りません。
壁の存在を誰も気にしなくなったのです。
知りたがりの小さなネズミは「このかべのむこうになにがあるんだろう?」と疑問に思います。
ネコやクマ、キツネ、ライオンに聞きますが、納得のいく答えが得られません。
ある日、ネズミは鳥に会い、翼に乗って、その目で壁の向こうの世界を見ます。
「怖いと思うから怖いものが見えるんだ」
鳥はそう言いました。
「勇気があれば本当のものが見える。生きていればたくさんのかべに出会うものさ。でもそのほとんどはただの幻だ」
コロナ禍の今、人と人との間に壁ができているような気がします。
怖いと思うから相手を攻撃し、分断が生まれます。
今こそ一人一人が心の中に壁を作らないことが大事です。
悲しみや寂しさを取り戻す
『さいごのゆうれい』(福音館書店)1,870円(税込)
次の本は『さいごのゆうれい』(斉藤倫著、西村ツチカ画、福音館書店)。
トワイライトという「かなしみ」を消す薬が広がり、世界中が「かなしみ」や「こうかい」を忘れてしまっていました。
悲しみがなくなった世界では、みんなが亡くなった人を思い出さないので、お盆に幽霊も戻ってこられません。
小学5年生の少年は、おばあちゃんの田舎に行って、少女の「ゆうれい」に出会い、そこから「かなしみ」を取り戻す闘いがはじまります。
素敵な言葉がありました。
「本当に苦しいとき、人は微笑むんだ。ほっぺの筋肉を少し上げるのは、それ以上できることがないから」
そうだなと思いました。
東日本大震災の被災地に通い続けた時、こういう微笑みにたくさん出会いました。
こうするしかなかったのだと思います。
僕たちも、どうしてあげることもできず、一緒に微笑みながら朝が来るのを待ちました。
過去の悲しみがなかったことになると、権力者や政治家はしめたと思うようになります。
どんなに愚かなことをしても、みんな忘れてしまうからです。
この本は、悲しみにも意味があることを教えてくれます。
そして、生きている僕たちは、亡くなった人たちとも、大事な関係を築いていることに気付かされます。
自分に優しくすることが、一番の優しさ
最後の本は、僕自身がとても感動して、子どもと孫たちに贈りました。
『ぼく モグラ キツネ 馬』(飛鳥新社)2,200円(税込)
『ぼく モグラ キツネ 馬』(チャーリー・マッケジー著、川村元気訳、飛鳥新社)、イギリスの絵本です。
モグラに「大きくなったら何になりたい」と聞かれ、少年は「やさしくなりたい」と答えます。
「成功するってどういうこと?」と少年が尋ねると、モグラは「それは誰かを好きになることだよ」。
僕は何になりたいか聞かれても答えられない子どもでした。
友だちは野球選手とか、電車の運転士と答えていました。
子どもの時「やさしくなる」なんて答えられる子どもだったら、素敵だなと思いました。
この本の中には素敵な言葉がいっぱいあります。
「ほとんど全ての事は内側で起こるのにオイラ達は外側しか見えていないのっておかしくないか」
「とてもきれいなものを見逃すな」
「一番許すのが難しい相手は自分なんだから優しくされるのを待つんじゃなくて、自分に優しくなればいいのさ」
「自分に優しくすることが一番の優しさなんだから」
その通りだと思います。
◇
一人で過ごす時間が増えています。自分という人間と、その周りにあるいくつもの人との関係を静かに見直してみるいい機会かもしれません。
新しい関係づくりのヒントが見つかると思います。
4冊とも子どもから私たちの世代まで読める内容です。
まず自分で読んで、心が揺さぶられたら、ぜひ大切な人にプレゼントしてみてはいかがでしょうか。
【カマタのこのごろ】
5月26日、新刊が出ました。なんと健康料理本です。『医師が考える楽しく人生を送るための簡単料理 鎌田式 健康手抜きごはん』(集英社)1,430円(税込)