水道の蛇口をひねれば、当たり前のように出てくる「水」。
しかし、この状況は本当に当たり前のことなのでしょうか?
2018年に成立した改正水道法から透けて見えてきたのは、実は国内の水道事業は危機的状況にあるということです。
今後、私たちの生活に欠かせない「水」はどのようになっていくのでしょうか?
改正水道法の背景にある、「水」を取り巻く現状とは?
国内の水道事業に危機が訪れています。
配管の老朽化への対策、人口減少による料金収入の減少、地域に密着したベテラン水道技術者の高齢化、といった問題が一気に押し寄せてきて、その対策が急務になっています。
そこで、2018年12月に成立し、19年10月より施行されたのが改正水道法です。
この改正水道法は、複数の地方自治体が連携して広域連合化することや、民間企業との連携を推進しています。
これまでは、水道事業は基本的に各地方自治体ごとに行うことが法律で定められていましたが、大きく方針を変更したのです。
国内外の水道事業問題に詳しいグローバルウォータ―・ジャパン代表の吉村和就さんは「今後国内の水道事業は、これまで通りのやり方だと給水人口が50万人以下の市町村で黒字化するのはまず不可能」と分析しています。
いまですら隣接する市同士なのに、地形や需要の差により水道料金が倍ほど違うという地域もあります。
全国の水道料金ランキング(家事用20平方メートル/月あたり)
高い地方自治体・公共団体
安い地方自治体・公共団体
そんな中、15年に国の「水の安全保障戦略機構」とEY新日本有限責任監査法人が共同でレポートを発表しました。
その内容は、現状でも上の表のように地域によって最大約8倍の格差がある水道料金が、このままだと2040年には最大約20倍の格差にまで広がる、というものでした。
今回の改正水道法は、採算の合う水道事業の仕組みを作り、水道料金の値上げを抑える狙いがあるのです。
小さな市町村が広域連合としてまとまり、水道事業を維持していくということに関しては、抵抗を感じる人は少ないでしょう。
例として、岩手県北上市、花巻市、紫波町(しわちょう)の3市町では、「岩手中部水道企業団」という団体をつくり、14年から水道事業を統合しています。
ただし、広域連合には問題もあります。
2000年代に行われた「平成の大合併」では、多くの市町村が合併しました。
実はいま近隣で合併していない市町村は、その時のしこりが残っているケースもあり、市町村単位で水道事業の見直しを任せていると広域連携が進みにくいことがあるのです。
「そのため、今回の改正水道法では、都道府県が主導して広域連携を推進していくことが盛り込まれています」(吉村さん)。
一方、水道事業を民間企業と連携する、ということに関しては、〝水道の民営化〟と報道されたケースもあったことから、不安に感じる人もいるのではないでしょうか。
今回、民間企業との連携の例として提案されているのがコンセッション方式というものです。
水道事業のコンセッション方式とは?
上の図のように、施設自体の所有権は自治体などが保持しながら、その運営権を民間企業に売却する、という方式です。
すでに宮城県がこの方式の導入を決め、2021年度中の事業開始を目指しています。
コンセッション方式の良い点は、民間のノウハウや新しい技術を取り入れ、スピード感を持って全体のコスト削減に取り組めるところです。
ただ、民間企業は利益にならないことに手を出そうとはしません。
必然的に、コンセッション方式を採用できる大きな自治体は限られます。
さらに、そのような大都市では、前述の通り今後の人口減少も少ないため、あえてコンセッション方式に頼らずとも、従来のやり方でも水道料金を大幅に値上げすることなく、水道事業を運営していくこともできるのです。
「選択権は自治体側にあります。必ずしも、〝民営化〟する必要はないのです」(吉村さん)。
水道料金の値上げは避けられない!?
しかし、大きな自治体あるいは隣接する自治体の広域連合が、その水道事業の運営を民間企業に任せる、という選択を行うこともあるでしょう。
その場合に注意しなければならない点が存在します。
一つは、水道事業はその地域の水源、地形、需要といった個別の要件に左右されるため、一社独占が続くとノウハウが全てその社に残り、再公営化もできず、料金の引き上げやサービスの低下につながる点です。
吉村さんは、「この点は、第三者機関によるチェックを徹底して行う必要があります」と指摘しています。
もう一つは、外資系企業の国内水道事業への参入です。
料金がきちんと支払われ、配管の漏水も少ない日本は、水道関連ビジネスでは優れた市場です。
日本には外資系企業の参入を防ぐ法律はありません。
吉村さんは「外資系企業が運営権を獲得した場合は、機密を国外に持ち出さないよう、契約で縛る必要があります」と警告しています。
国内の水道管は計約66万km、地球16周分の長さにも及びます。
人口が減る中、これらを保守、点検して維持するには、相当な費用が必要です。
「広域連携や民間との連携を進めても、多くの自治体で2030年頃には水道料金が2〜3倍になるでしょう」(吉村さん)。
地域ごとの差はあれど、この先、水道料金の値上げは避けられないようです。
水は、私たちの最も大切な生活基盤の一つです。
各自治体や主導する都道府県がどのような選択を行うのか、今後の知事選や市長選などでは、「水道事業」についての公約もチェックする必要があるかもしれません。
こ~なる! 暮らしへの影響
▽国内の水道事業は人口が少ない市町村を中心に危機的状況です。
▽現状でも地域によっては最大約8倍の水道料金の格差があります。
▽水道事業が見直されても、多くの自治体で約10年後、水道料金が2〜3倍になる見通しです。
▽私たちが住む自治体が、水道事業でどういう選択を行うのかによって、この先の水道料金にも影響があるでしょう。
構成・取材・文/仁井慎治