「民主化デモ」という呼び方は正しくありません。今さら聞けない!専門家に聞いた「香港のデモ」

2019年春から続いている香港のデモ。なぜこのようなデモが起きているのか、その発端や、今後のデモ収束の見通しなど、いまさら周囲には聞きにくいあれこれを東京大学大学院総合文化研究科・地域文化研究専攻教授の谷垣真理子先生に聞いてきました。

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デモの背景と、事態が収束しない理由とは?

ビジネスでも観光でも、日本人にとってなじみの深い香港。

その香港で、2019年に入りデモが多発していて、事態が収束する兆しが見えません。

一部が暴徒化し、香港警察と衝突するシーンをテレビのニュースで見た、という人も多いでしょう。

報道などでは「香港民主化デモ」とも呼ばれるこのデモは、なぜ起きたのでしょうか。

香港についての研究を進める谷垣先生は、「報道で『民主化デモ』という呼ばれ方もしていますが、それは正しくありません」と指摘します。

「デモ参加者たちは、いままでになかった自由を求めているのではなく、いままであった自由を守るためにデモを起こしているのです」と、続けます。

香港は長らくイギリスの統治下にあり、1997年7月に中国に返還されました。

当然、それまで香港は資本主義国家であるイギリスの影響下にあり、すでに国際的な金融都市でした。

一方中国は中国共産党が指導する共産主義国家であり、いまでこそ経済大国ですが当時はまだ発展の途上。

対極の存在でもある香港を緩やかに一体化させていくために、返還後50年間はイギリス統治時代の社会制度を用いる「一国二制度」が適用されることになりました。

しかし、まだ香港返還から22年。

「一国二制度」の期限内にもかかわらず、なぜデモ参加者たちは香港政府やその後ろにいる中国共産党に対して抗議しているのでしょうか。

「香港政府は、本土から香港への移民政策や、中国語の標準語ともいえる『普通話』を学校で子どもたちに使わせることを推し進めることで、香港の中国化を早めようとしていました」と、谷垣先生。香港で行われた世論調査の結果、若い世代ほど自らを「中国人」ではなく「香港人」と強く意識している人の割合が多いことが分かっています。

「若い世代を中心に『中国化』への危機感はずっとくすぶり続けていて、抗議のデモはこれまでも起きていました。今回のことは突然起こったわけではありません。我慢の限界を超え、コップから水があふれ始めた、という方が正確です」(谷垣先生)。

今回のデモの発端は、逃亡犯条例改正案の撤回を求めた香港市民の動きでした。

旅行先の台湾で交際相手の女性を殺害した香港人男性が香港で逮捕されたものの、香港の逃亡犯条例の規定上、容疑者の身柄を台湾に引き渡しできなかった、という事件がありました。

香港政府がこれを受け、香港の逃亡犯条例には穴があるとして、中国本土などに殺人や経済犯罪などの容疑者の身柄を引き渡せるよう、条例の改正を試みました。

しかし、この条例改正案が施行されると自分たちの自由が脅かされてしまうと危機感を持った香港市民たちが運動を始め、今回の大規模なデモにつながったのです。

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デモは上の表のように激化していますが、発端となった逃亡犯条例改正案は、実は19年9月に完全撤回されています。

しかし、もはやそれだけでは収まらなくなっているのです。

その理由は、11月20日の時点で5400人を超えるデモ参加者が逮捕され、そのうち600人以上が起訴されているからです。

6月15日の自殺者を皮切りに、11月8日には、ついにデモ参加者に死者も出ました。

デモ参加者たちは香港政府に対し、逃亡犯条例改正案の完全撤回以外に、上の表にもある6月12日のデモを「暴動」とした香港政府の見解の取り消し、逮捕者の訴追見送り、デモ参加者と衝突した香港警察の暴力行為を調べるための独立委員会の設置などを求めています。

逮捕や起訴をされた参加者が出ている以上、今回のデモが暴動ではなかったと香港政府に認めさせ、その人たちの容疑を晴らすまでは、後には引けないのです。

一方の香港政府も、デモ参加者たちの中には、商店の襲撃や街中の器物を壊すといった犯罪行為を行う参加者もいる以上、逮捕しないわけにはいきません。

平行線のまま、収束する気配が見えませんが、「11月24日の区議会選挙では政府支持派が惨敗しました。これを機にデモ支持者と政府の"対話"が始まることを期待します」(谷垣先生)。

いま香港を訪れる際に気をつけたいこと

それでは、現状香港には出かけるべきではないのでしょうか。

観光やビジネスで、キャンセルできない、したくないという人もいるでしょう。

日本政府は2019年11月の時点では、香港への渡航の中止や退避勧告は、行っていません。谷垣先生も、11月に香港を訪れたそうです。

「現地の友人に忠告されたのは、デモ参加者が着る黒いシャツ、黒色の服装は避け、日没以降は出歩かない、ということでした」

また、今回のデモで特徴的なのが、「司令塔」が存在せず、スマホでSNSなどのアプリを使ってデモの開催場所、日時の拡散を行い、情報交換しながら、各々解散するという仕組みになっていることです。

英語、広東語の投稿を読めれば、より早くデモの動きが分かります。

香港在住の日本人がインターネットにアップしているデモ情報も参考になります。

香港を訪れる場合は、覚えておきたいですね。

こ~なる! 暮らしへの影響

▽香港のデモは収束する兆しはまだ見えませんが、日本政府は現時点では渡航中止勧告も、退避勧告も行ってはいません。

▽外務省の海外安全ホームページでは香港全土が危険レベル1(十分注意してください)に指定されています。

▽香港を訪れる場合は、日没以降は外を出歩かない、デモ参加者と間違えられる黒い服装は控える、などの対策が必要です。

▽事態が収束する気配はまだ見えていませんが、区議会選挙で政府支持派が惨敗したことにより、デモ支持者と香港政府に〝対話〟の機会が生まれるかもしれません。

構成・取材・文/仁井慎治 

 

<教えてくれた人>

東京大学大学院総合文化研究科
地域文化研究専攻教授
谷垣 真理子(たにがき・まりこ)
先生

1960年生まれ、大分県出身。83年東京大学教養学部(アジア)卒業、89年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。在学中の86年から香港大学に1年間留学。東海大学文学部助教授などを経て、現職。

この記事は『毎日が発見』2020年1月号に掲載の情報です。

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