定期誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師で作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「立ちはだかる『壁』に負けない生き方」です。
弘前城内のホールでも講演会。ちょうど桜が満開でした。
幸福を実感しにくい「壁」
世界幸福度ランキングにおいて、日本は健康寿命などいくつかの項目こそトップクラスですが、全体の順位は54位(2022年)と低調です。
ときどき自然災害はありますが、紛争や戦争もありません。医療もある程度充実しています。不幸ではないけれど、幸福を実感しにくいのはなぜなのでしょうか。仕事、家庭、お金、家、自由、生と死、健康、人に認められること、心の平安...など、そこらじゅうに大小さまざまな壁が立ちはだかっているように思えます。
その「壁」をどうしたら壊したり、乗り越えたりすることができるのか。
経済や少子化対策、医療、生命科学の分野で活躍する方々にヒントをいただいた「壁うちこわし術」を、『この国の「壁」』(潮新書)に書きました。3年がかりで書いた一冊です。
停滞するお金の「壁」
現在の資本主義社会は格差が広がる一方です。ここに「腐るお金」という概念があれば、停滞していたお金が回りだす可能性があります。
腐るお金とは、作家のミヒャエル・エンデの言葉で、消費期限付きのお金のこと。お金に消費期限が付いていたら、みんな腐る前にお金を使い、必要以上にたまらないので、格差も緩和します。お金が回転すれば、経済も活気を取り戻していきます。
最近は、神社のお賽銭(さいせん)も電子マネーで、という時代になったようです。あなたは、電子マネー派ですか。それとも現金派ですか。実は、どちらにも「壁」があります。
日本のクレジットカードや電子マネーの加盟店が負担する手数料は約3%と海外に比べて高すぎます。他方、銀行窓口やATMの維持など、現金取引にかかる費用は年間で約1兆7000億円。日本の世帯数で割ると、一世帯あたり3万円も負担していることになります。これでは世界から置いてきぼりにされてしまうのも当然です。
しかし、希望がないわけではありません。寄付文化劣等国といわれている日本ですが、クラウドファンディング(※)によって少しずつ変化しています。災害やコロナ対策、さまざまな活動に対して、多額の寄付が集まっています。ぼくがかかわるNPOも、クラファンにはずいぶん助けられました。
※インターネットを通じて多数の人から広く資金を集める仕組み。
2020年プラチナエイジ授賞式にてSUMIROCKさんと。
88歳のクラブDJ
人生においても、ときどき「壁」が目の前を阻みます。DJ SUMIROCK(スミロック)こと、ギネス認定の世界最高齢DJは、岩室純子(すみこ)さん(88歳)。
彼女がクラブDJとしてデビューしたのは77歳のとき。もともとは高田馬場にある餃子店の店主でした。たまたまクラブイベントの企画をしていたフランス人男性と知り合い、クラブイベントに行くようになりました。「純子もDJやってみない?」と、そのフランス人男性からすすめられたのがきっかけでした。
それで、本当にやってしまうところが、彼女のすごいところ。DJの学校にも通って腕を磨いたのち、月に数回、歌舞伎町のクラブでターンテーブルを回すようになったのです。
この人の魅力は「やりたいことは何でもやる」という好奇心の強さ。そして、「88歳のおばあさんなのに」なんて声があっても全く気にしない軽やかさにあります。
ここ数年は、コロナ禍の影響で、DJブースに立つ機会がめっきり減りました。ほとんど同時期、脳溢血も患いました。さいわい手足や発語に後遺症がなかったため、「DJを引退しようとは思っていませんよ」とSUMIROCK。「死に場所を選べるなら、DJブースですかね」とも語っていました。
世間体とか、常識とか、既成概念にとらわれることなく、自分流に生きることが、するりと「壁」をすりぬけるコツだと学びました。
少子化というこの国の「壁」
この国が直面している大きな壁の一つに、少子化、人口減少という「壁」があります。
ぼくは戦後の第一次ベビーブーム世代。年間約260万人が生まれました。いわゆる団塊の世代です。そのベビーブーマーが親となった1971~74年の第二次ベビーブームは、出生数が年間約200万人といわれます。これが団塊ジュニア世代です。
この団塊ジュニアが親となり、第三次ベビーブームが2000年前後に来るはずでした。しかし、日本の経済は悪く生活の安定が図れなかったために、まぼろしの第三次ベビーブームとなったのです。その後、少子化は一気に進んでいきます。
少子化や人口減少を進めてしまった原因として、3つの壁があると指摘されています。一つめは、第一子の壁。結婚の機会や経済力の問題、育児と仕事の両立などが問題で、なかなか子どもを産もうということになりません。30~34歳の男性の未婚率は47%、女性は35%です。
二つめは、第二子の壁。男性が育児に参加しない・できない場合、2人めをあきらめる人も多くなります。育休制度を男性が利用する例はまだ少数です。そして、三つめの第三子の壁は、学費や住宅費の高さです。大学などの学費や都市部での住宅費を考えると、やはり3人の子どもを育てるのはたいへんなのです。
こうした壁は、近くに助けてくれる人がいると乗り越えやすくなるものもあります。ぼくは、"第二のお母さん"のようなヘルパーを派遣するシステムをつくってはどうかと考えています。子育てや人生経験豊富なシニアの力を活用するのもいい方法です。これ以外にも、子育て支援の提言を、首相官邸での「子ども政策の強化に関する関係府省会議」で発言してきました。
なかには強固な「壁」もありますが、あきらめず政府と国民を隔てる壁にも通気口をあけていきたいと思っています。
《カマタのこのごろ》
愛知県豊田市の友人のお花見会に招かれました。さだまさしさんも飛んできて、ぜいたくにもお花見コンサート。その2週間後、今度は青森で開催された「最短命県返上特別講演会さだまさし&鎌田實チャリティーライブ&トーク」に二人で出演。陸前高田の人たちが5時間かけて聞きに来てくれました。その翌日は、弘前城で講演。満開の桜を満喫しました。3月末に出版した『介護の世話にならない 鎌田式「90歳の壁」を元気に乗り越える5つの極意』(エクスナレッジ)は大きな書店で平積みになり、あっという間に4万部を突破しそうです。
さだまさしさんと愛知県での一枚。青森市では二人でチャリティーライブ&トークも開催しました。