医師で作家の鎌田實さんに教わる「忘れていいこと忘れる力」で毎日が新鮮に!

定期誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師で作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「『忘れる力』で新しく生き直す」です。

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鍛えたおかげで冬はスキーを楽しめています。

人生の8割は忘れていいこと

自慢じゃないけれど、子どものころから記憶力は悪いほうでした。

中学生の歴史の授業で、必死に覚えた「イイクニつくろう鎌倉幕府」(1192年)。

今は「イイハコつくろう鎌倉幕府」(1185年)に変わったとか。

一度覚えたものも、時々アップデートしなければなりません。

そもそも記憶には、容量があります。

さらに老化も加わって、ますます「忘れる力」が進化しています。

最近は、記憶の容量をオーバーしたものは、覚える必要のないもの、忘れていいものと開き直ることにしました。

よく考えると、人生において絶対に覚えていたいことなんて、2割程度。

あとの8割は忘れていいことなのです。

むしろ、忘れていいことを忘れられないから、2割の大切なことが埋もれてしまっている。

そのほうが問題だと思っています。

たまっていませんか? 生き方の"ぜい肉"

忘れることの効用に注目し、『60歳からの「忘れる力」』(幻冬舎)という本に書きました。

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新刊『60歳からの「忘れる力」』の表紙です。

長く生きていると、いつの間にかおなかにぜい肉がつくように、生き方においても意味のない習慣や古びた常識という"ぜい肉"がつきます。

それが、人生の自由度を奪い、生きにくさの原因となっていることも少なくありません。

体についた脂肪は、筋トレやウォーキングなどの運動をして、筋肉のもととなるタンパク質をしっかりとることで改善していきます。

それに対して、生き方の"ぜい肉"に対する処方箋は、たった一つ、「忘れていいことを忘れる力」なのです。

古い情報を書き換えて、もっと健康になる

忘れていいことの一つとして、古い健康常識があります。

たとえば、コレステロール値が上がらないように、「卵は一日一個まで」と言われた時代がありました。

今は、この制限は撤廃されています。

むしろ、卵には筋肉に必要なタンパク質や、脳の機能にいい作用があるコリンが含まれるため、積極的にとりたい食材です。

「やせなきゃ」という思い込みも、60歳を過ぎたら忘れたほうがいいでしょう。

中年期のメタボ予防を意識しすぎ、体重を減らすことばかり考えていると、タンパク質不足で筋肉が減ってしまいます。

筋肉の減少は、フレイル(虚弱)となり、要介護状態につながることはこの連載で何度も強調してきました。

なので、60歳になったら、「やせなきゃ」は忘れ、しっかりした足腰をつくることが大事なのです。

忘れることで、毎日が新鮮に

ぼくたちは、家族の介護や仕事、病気、心配事など、日常的に背負っているものがあります。

燃え尽きたり、つぶされたりしないためにも、それらの"荷物"をときどき下ろし、一息つく時間が必要ですね。

ぼくは気分転換できる場所をいくつか持っています。

その一つが、蓼科高原芸術の森彫刻公園(長野県茅野市)の木陰のベンチ。

陽気のいいときにはそのベンチで1時間ほど読書をするのがお気に入りです。

勝手に「読書の木」と呼んでいます。

夕焼けを眺める屋上の特等席、焼酎一杯だけ飲んで帰る居酒屋のカウンター席...日常を忘れられる場所が、身近なところにあると、心が救われます。

また、停滞気味の日々のなか、何となく気持ちが晴れないときどうするか。

不機嫌の忘れ方として、ぼくが実践しているのは、名前のない感情に名前をつけること。

仕事が滞っていて、焦っているときは、「仕事あせあせ症候群」。

できるだけヘンテコな名前をつけて、自分で笑い飛ばすと、いつの間にか気分がよくなっています。

幸福感を高めたいなら、心拍数を上げなさい

全方位にがんばろうとするよりも、「忘れる力」でうまく力を抜いて、体や心の状態を調整しているホルモンや自律神経のリズムにうまく身をまかせてみると、意外といい結果になります。

幸福になるために、本を読んだり、芸術を鑑賞したり、心の充足感を高めようとするのも方法ですが、もっと手っ取り早いのが、体へのアプローチです。

スウェーデンにあるストックホルム商科大学のミカエル・ダレーン教授は「幸福は心拍数と関係がある」と言います。

街頭インタビューで、歩いている人に「幸福」について聞いたところ、歩きながら答えてくれた人のほうが、幸福感が強い傾向があったそうです。

体を動かせば、心拍数は上がり体温も上がります。

体温が上がると、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンや快感ホルモンのドーパミンだけでなく、若返り効果のある成長ホルモンの分泌も促進されます。

日本人の「世界幸福度ランキング」は54位(2022年)。

幸福度があまり高くないのは、日本人は幸せを、心に求めすぎているからかもしれません。

人生のつらさとも決別する

昨年夏、ぼくはずっと心のどこかにあった悲しみを、忘れることができました。

ぼくは1歳8カ月のときに、産んでくれた父や母と別れ、養子に出されました。

その産みの母が亡くなったと聞き、昨年のお盆に初めて母の家を訪ねました。

仏壇に手を合わせ、「母さん、産んでくれてありがとう 寶」と書いた新刊をお供えしました。

捨てられた悲しみは全部忘れました。

母は母で、苦渋の選択があったと思います。

忘れられない決断を必死に忘れようとして、新しい家庭を築いたはずです。

その家の仏壇で、母は微笑んでいました。

72年ぶりの再会でした。

忘れる力は、人生を前へ前へと進める力にもなります。

余分な力みや見当違いの努力、形骸化した習慣、自分や他人を傷つける思い込み...それらから自由になるために、「忘れる力」に注目してみませんか。

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50kgのバーベルを上げています。これも大好きなスキーのため。

《カマタのこのごろ》

今年の元日、「羽鳥慎一モーニングショー」新春特番(テレビ朝日)に出演しました。朝食でタンパク質をとることが大事、おせち料理の食べ方の順番、鎌田流筋活といった健康の話をしました。プライベートでは、スキー上達のために、足腰を鍛えています。スクワットをしながら担いでいるバーベルの重さが、ついに50kgになりました。74歳、この冬も元気にスキー場に通っています。

文・写真/鎌田 實

 

<教えてくれた人>
鎌田 實(かまた・みのる)さん

1948年生まれ。医師、作家、諏訪中央病院名誉院長。チェルノブイリ、イラクへの医療支援、東日本大震災被災地支援などに取り組んでいる。『だまされない』(KADOKAWA)など著書多数。

この記事は『毎日が発見』2023年3月号に掲載の情報です。

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