「お金をとられた」は不安でさみしいから――認知症当事者の目線から描かれる漫画『認知症が見る世界』著者の「理想の社会」

大人世代の読者のなかには、いよいよ親の介護が現実味を帯びてきている、という人も多いだろう。いざというときのために心の準備はしておきたいが、中でも現役ヘルパーでもある漫画家・吉田美紀子さんの描く『消えていく家族の顔~現役ヘルパーが描く認知症患者の生活~』と、シリーズ第2弾『認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実』(ともに竹書房)をあらかじめ読んでおいたほうがいいかもしれない。認知症当事者には世界がどう見えるのか、症状はどう進行するのか――かわいらしい絵柄の中にもリアルさをともなって描いて見せてくれるので、なにより「心の準備」になるだろう。それにしても、どうしてここまでリアルなものが描けたのか...。著者の吉田さんにお話をうかがった。

取材・文=荒井理恵

「家族の心のケア」がないもどかしさが漫画に

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『消えていく家族の顔~現役ヘルパーが描く認知症患者の生活~』より

――なぜ認知症についての漫画を描き始めたのですか?

吉田美紀子さん(以下、吉田):介護ヘルパーとしてさまざまな現場で経験するうちに、テレビやメディアで言われている状態と私が現場で感じたことが少し違う気がして。ちょうどこの本を描いた頃にNHKで「ユマニチュード®」(フランスで生まれた認知症ケア技術)を特集していたんですが、どうしても当事者のケアについての内容が中心で、介護する側の心のケアについての情報はなかなかないんです。

介護の現場では利用者さんだけじゃなくて、家族の方とも顔をあわせる機会が頻繁にあるんですが、アセスメントシート(介護サービスの利用者がサービスを利用することになった背景や必要な支援の内容といった基本情報をまとめたシート)を見ると、けっこう朗らかな人でも「うつが原因で施設を探しはじめた」「家族とうまくいかなくてショートステイを利用した」とちょくちょく書かれているんですね。ケア施設の職員とは朗らかに話をしている利用者さんなのに、その娘さんが心を病んでいたりするっていうのがずっと不思議で...。どうやら娘さんは、母親が変なことをしたりいろいろできなくなったりしてしまうのがすごくショックで、「なんとか普通に生活させよう」としているうちに病んでしまったようなんです。

そういった「介護をする側」をケアしてあげる方法がないのかな、というもどかしさが、漫画につながりました。

――たしかに漫画にすることで、「どうしてそんなことするの?」の理由がわかりますよね。

吉田:たとえば認知症の人が「お昼ご飯たべてない」って何回も繰り返す話はよく聞きますけど、あれも不安な気持ちや心細さ、混乱している気持ちがベースにあって、でも「言葉にして伝えるスキル」自体が消えてしまっているから、違う言葉で表現している状況なんです。でもご家族はそれに気がつかなくて言葉の表面だけを捉えて怒ってしまう。認知症の人にしたら「ご飯まだ?」ってただ聞いただけなのに、「何回も聞いて」って怒鳴られたら「え?」ってびっくりすると思うし、そんな人に好意を持てと言われても難しいだろうし、そういったすれ違いを重ねた結果、関係がズレていってしまうんじゃないかと思うんですね。

「徘徊」にしても、ご自身も自分でおかしいってわかってるけれど、不安や心細さを言葉にできないとか、自分自身にもわけのわからない感情のネットワークというのができてしまったりして起きるんじゃないかと思うんです。なので、漫画ではなるべく、認知症の人のもどかしさや不安な気持ちをわかりやすく描きました。

――「お金をとられた」といった、物盗られ妄想もよく聞きますよね。

吉田:ありますね。不思議なんですけど、そういうのは家族相手にしか言わないことが多いんですよ。あと「家に帰る」って言い出す「夕暮れ症候群」も頻繁に起きるんですが、根底にはいまいるところに安心できないとか、そういうのがあるんだと思います。徘徊も物盗られ妄想も夕暮れ症候群も、ほんとによくあることなので、お世話は大変ではあるのですが、できるだけ感情的にはならないほうがいいと思います。

表面的なものではなく奥にある「心理」をみてほしい

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『認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実』より

――本シリーズは2冊とも、当事者の「見え方」の描写がすごくリアルですね

吉田:介護職員初任者研修を取ってから、訪問介護や病院の介護助手、特養(特別養護老人ホーム)、障害者支援といろいろやってきたんですが、そうした経験が積み重なっていったのが大きいですね。たとえばショートステイは介護度2くらいのあまり介護度が高くない方が利用者の中心なんですけど、100人くらいの利用者が入れ代わり立ち代わり施設にいらっしゃるので、利用者さんの喜怒哀楽がなんとなくわかってくるんです。

最初は「いきなり見知らぬところにつれてこられた」って、すごく怯えた表情の方も多いんですが、いろいろ話しかけたりしていると1週間くらいの利用期間の中でだんだん気持ちがほぐれてきたりして。「ここは私の家じゃない。○○に住んでて...」と利用者さんがおっしゃったら、「あ、じゃあどういうところだったの?」と聞いたり、「もしかしてこの人は10代の頃に戻ってるのかな?」って感じたら、そういったお話を聞いたり、利用者さんの世界を掘り下げていくと意外と面白い発見もありました。新たな発見をしよう、といった気持ちでいると関係がギスギスしないですし、介護する側も少し気持ちが楽になるのでは、と思います。

――その接し方はヒントになりそうですね!

吉田:身内だとなかなか難しいかもしれませんが、表面的なものだけじゃなくて、利用者さんの中には喜怒哀楽はずっと残っていますし、そこにある心理状態を見てほしいなって思います。私の漫画で「なぜそうするか」を理解してもらえれば、少しは怒ったり心を病んだりすることが減るんじゃないかと。

介護職には「(介護する相手の)否定はしないように」というルールがあって、「うんうん」って最初は受け入れて、危ないようなら手助けする。積極的に「助けてあげる」というよりは「できることは見守る」のが中心なんですが、やっぱりご家族だと手を出しすぎる面もあるのかもしれません。そのあたりも漫画で伝わるといいなと思っています。

――恐怖心を理解してあげるだけでも違いそうです。あとは「親が認知症になった」ということを認めるのも、「介護する側」の家族の心を守るためには大事かもしれませんね。

吉田:家族だからなかなか現実を受け止められないのはすごくわかるんです。自分の親から敵意を向けられたり、自分のことを忘れられたりするのはすごくショックでしょうし。それでも「自分の顔も忘れてるんだ」って割り切ったほうがいい。むこうが(自分のことを)他人だと思っているんだったら、こっちも「こんにちは、はじめまして」くらいの気持ちでいたほうが楽になると思います。

介護を家族で抱え込まないで!

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『消えていく家族の顔~現役ヘルパーが描く認知症患者の生活~』より

――「毎日が発見ネット」の読者も介護が気になりだす年頃です。親がひとりで遠方にいたりすると不安で...。

吉田:やっぱり親の1人暮らしは不安になりますよね。でもいまは見回りのシステムがいろいろあるので、そのへんをうまく活用していくというのが1番いいと思います。市町村には「地域包括支援センター」があるので、行政をうまく利用してみてほしいですね。とにかく「自分が犠牲になればいい」みたいな考えはやめてほしいと思います。

――親が近くにいても遠くにいても、介護を家族だけで抱え込まないことが大事そうですね。

吉田:私が理想的だと思うのは、『認知症が見る世界』の16話「アルツハイマー型認知症 久保田さん(88)の場合」で描いた、認知症のお母さんと息子さんの2人暮らしのケースなんですね。息子さんが働いている間に1人になったお母さんが徘徊してしまうんですが、周辺にいる人たちがちょっとずつ関わって「介護している」という意識がないままに助けているというのがいいな、と思うんです。ちょこちょこっと声かけあうみたいな感じで、特に意識しないままに動いてくれる社会ってすごくいいですよね。

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『認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実』より

――ちなみに施設の利用の考えどきというのはありますか?

吉田:施設に入るには介護度の制約があったり空き状況だったり難しい面もあるので、訪問介護や訪問看護、そこまでいかなくても食事の配達を頼んで毎回様子を見てもらうとか、まずはできる方法を考えてみてほしいです。在宅で利用できるサービスももっともっと充実してほしいとは思いますが、いろいろ調べて、いま確実に使えるサービスをフル活用したほうがいいと思います。一口に認知症といっても本当に症状が多種多様で、同じアルツハイマーでも進行度合いも違って、会話ができる人もいればできない人もいたり、嚥下(えんげ)障害があって食事も全介助の人もいたりと、人それぞれです。100人いたら100通りの介護の方法が必要ですから、いろいろ方法を考えて、時には行政や周囲に相談をしてみるのがいいと思いますね。

――つい親のことばかり考えますが、認知症って自分も当事者になる可能性がありますよね。

吉田:そうなんですよ! 自分がいつか当事者になる、と考えると、とりあえずは周り近所となるべく仲良くしておくことが大事ですよね。私も1人暮らしなので、万一に備えて、いとこにうちの鍵は預けてあります。会社の人にも「何日も連絡がなかったら絶対に訪ねてきて」「様子がおかしいと思ったらすぐに来てね」と言ってありますし、そういう準備は大事かな、と。「自分がもしも認知症になったら、こういうケアをしてほしい」とか、ある程度想像しておくのもいいと思います。

――悩みの多い年頃になってきました。最後に読者にメッセージをお願いします。

吉田:介護は別に家族でするものではない、ということはわかってほしいです。とにかく身内で抱え込まないで、いろんな人が関わるというのが、これからの社会の役割、理想の形だと思っています。

 
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