『裁判長の泣けちゃうお説教』 (長嶺超輝/河出書房新社 )第10回【全10回】
「人を裁く人」――裁判官。社会の影に隠れ、目立たない立場とも言える彼らの中には、できる限りの範囲で犯罪者の更生に骨を折り、日本の治安を守ろうと努める、偉大な裁判官がいます。
30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の著者、長嶺超輝さんによる一冊『裁判長の泣けちゃうお説教: 法廷は涙でかすむ』(KAWADE夢新書)は、そんな偉大で魅力あふれる裁判官たちの、法廷での説諭を紹介。日本全国3000件以上の裁判を取材してきたという著者による「裁かれたい裁判官」の言葉に、思わず「泣けちゃう」こと間違いなしです。
※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社)から一部抜粋・編集しました。
近所迷惑の飼い主を取り締まるために採られた苦肉の策。20匹以上もの犬を放し飼いにしていた女性の正体とは? そして裁判官は、どう諭したか?
[2007年4月9日 奈良簡易裁判所]
【前編を読む】20匹以上の犬を放し飼いにしていた「犬おばさん」。その驚きの「正体」
彼女は退官するのをきっかけに、大阪から奈良へ引っ越してきて、新居での寂しさをまぎらわすために犬を飼い始めたとのことです。
かつては「法の番人」を務めていたにもかかわらず、近所にさんざん迷惑をかけて、犬の飼い主としての最低限の義務を怠る態度には呆れてしまいます。
ただ、正式裁判になったおかげで、担当の神山義規裁判官は罰金20万円の有罪判決を言い渡した後、裁判官の先輩にあたる「犬おばさん」に対して直接、説諭を述べることができました。
「飼い犬も、地域社会の一員です。あなたが本当に犬を愛しているのなら、ペットとして地域に愛されるように、適正な飼育環境を整えるよう、飼い主としての責任を自覚してほしいと願っています」
飼い犬は「家族」だとよくいわれますが、神山裁判官の説諭は、家族であると同時に「地域社会の一員」だと位置づけているのが特徴的です。
地域に溶け込み、人々の暮らしと共存できるよう、近所迷惑にならないよう、家の中で最低限の世話、最低限のしつけを続けることが重要だと言い聞かせたのです。
ただ「犬おばさん」は、神山裁判官の判決を不服として、大阪高等裁判所に控訴しました。もちろん、控訴しても有罪の結論は変わりません。
その判決公判に、「犬おばさん」は出廷しませんでしたが、高等裁判所の裁判官も「犬の管理はしっかりしてほしいと伝えてください」とのメッセージを、担当弁護人に言伝てしたと報じられています。
狂犬病は日本で「撲滅」されたのか......
発症すればほぼ100%の確率で死亡する、致命的な「人獣共通感染症」として知られている狂犬病。
ウイルスに感染している犬や猫、コウモリなどに嚙まれれば、人間にも伝染するおそれがあります。
ただ、日本国内では1957年(昭和32年)以降、狂犬病の発症例は報告されていません。
狂犬病の恐怖からここまで免れている「清浄国」は、世界的にも珍しいようです。
日本が海に囲まれた島国で、空港などでの検疫制度が整備され、人や動物の出入りを集中的に管理しやすい、恵まれた環境におかれているからこそです。
そうした経緯から、愛犬に狂犬病ワクチンを打つことを、あえて不要と考えている飼い主も増えているようです。
とくに室内犬では、他人に嚙みついたり他の動物に嚙みつかれたりする危険性が低く、その飼い主は狂犬病予防法を軽く見る傾向があります。
実際、全体の2〜3割の飼い主は、愛犬に狂犬病ワクチンを接種させていないとの統計も出ています(平成26年の厚生労働省の調査では、全国の接種率71.6%)。
とはいえ、近年になって日本を訪れる外国人が急増しています。
そのため、どのようなルートで狂犬病ウイルスが国内へ入ってくるかわかりません。
狂犬病清浄国の「神話」は、いつ崩壊してもおかしくなく、油断ならない状況です。
本稿の「名裁判」の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・共同通信・時事通信・北海道新聞・東京新聞・北國新聞・中日新聞・西日本新聞・佐賀新聞による各取材記事を参照しております。
また、各事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。裁判記録を基にしたノンフィクションとして、幅ひろい層の皆さまに親しんでいただけますことを希望いたします。