20匹以上の犬を放し飼いにしていた「犬おばさん」。その驚きの「正体」

『裁判長の泣けちゃうお説教』 (長嶺超輝/河出書房新社 )第9回【全10回】

「人を裁く人」――裁判官。社会の影に隠れ、目立たない立場とも言える彼らの中には、できる限りの範囲で犯罪者の更生に骨を折り、日本の治安を守ろうと努める、偉大な裁判官がいます。

30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の著者、長嶺超輝さんによる一冊『裁判長の泣けちゃうお説教: 法廷は涙でかすむ』(KAWADE夢新書)は、そんな偉大で魅力あふれる裁判官たちの、法廷での説諭を紹介。日本全国3000件以上の裁判を取材してきたという著者による「裁かれたい裁判官」の言葉に、思わず「泣けちゃう」こと間違いなしです。

※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。


20匹以上の犬を放し飼いにしていた「犬おばさん」。その驚きの「正体」 pixta_99210921_M.jpg

近所迷惑の飼い主を取り締まるために採られた苦肉の策。20匹以上もの犬を放し飼いにしていた女性の正体とは? そして裁判官は、どう諭したか?
[2007年4月9日 奈良簡易裁判所]

近所迷惑な犬屋敷

奈良市内の閑静な高級住宅街にある2階建ての一軒家に、ある日、警察の家宅捜索が入りました。

家主は70歳になる女性。

周辺の住民からは「犬おばさん」と呼ばれていました。

けっして親しみのこもった呼び名ではありません。

その家からは、絶えず犬の鳴き声が響いていて、近隣の住人に対して常に迷惑をかけてきました。

それで警察へ通報が入ったのです。

最初は2匹だけ飼っていた「犬おばさん」でしたが、ただただ自然繁殖を繰り返すうちに、ピーク時には約30匹まで増えてしまいました。

その頃から「犬おばさん」は開きなおったのか、飼育の手抜きを始めます。

ペットフードの袋の封を開け、皿を使わずそのまま食べさせるようになりました。

汚物を放ったらかしにし、家の周辺には悪臭が漂うようになりました。

ひょっとすると、犬が繁殖しすぎて手がつけられなくなった現実を直視できず、見て見ぬふりをしたかったのかもしれません。

保健所が再三にわたって「犬おばさん」への指導をおこないますが、彼女は面会を拒みつづけます。

いよいよ、警察へも相談が入るようになっていました。

ただ、近所迷惑になっているとはいえ、個人の住宅内で起きている出来事です。

警察はなかなか介入できません。

たとえば、動物愛護法では、「排せつ物の堆積した施設、又は他の愛護動物の死体が放置された施設であつて、自己の管理するものにおいて飼養」する行為を、動物虐待にあたるものとして、最高で罰金100万円の刑を定め、取り締まっています。

しかし、そこまでひどい飼育環境なのかどうか、家の外からは判断しづらいため、動物愛護法の適用は見送られました。

そこで警察がもちだしたのが「狂犬病予防法違反」の罪です。

生後90日を超える飼い犬に、狂犬病ワクチンを接種させていない、あるいは接種を証明する注射済証を犬の首輪などに付けていない飼い主には、最高で罰金20万円の刑が科されると定められています。

犬のトイレの世話すらしない「犬おばさん」が、わざわざ動物病院にまで犬を連れていって、お金を払ってワクチン注射をさせているはずもなく、狂犬病予防法違反の罪でついに摘発されるに至ったのです。

「犬おばさん」、その驚きの経歴

「犬おばさん」に対しては、正式裁判を開かずに非公開の場で処罰を決める「略式起訴」がおこなわれ、まもなく罰金20万円の刑に処される予定でした。

しかし、略式手続きで済まされるのに納得いかなかった「犬おばさん」は、公開の正式裁判を要求したのです。

審理は長引くことになりました。

じつは「犬おばさん」の正体は、引退した元裁判官だったのです。

裁判制度にもきわめて詳しいわけですね。


本稿の「名裁判」の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・共同通信・時事通信・北海道新聞・東京新聞・北國新聞・中日新聞・西日本新聞・佐賀新聞による各取材記事を参照しております。
また、各事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。裁判記録を基にしたノンフィクションとして、幅ひろい層の皆さまに親しんでいただけますことを希望いたします。


 

長嶺超輝(ながみね・まさき)
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に勧められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、テレビ番組出演や新聞記事掲載、雑誌連載、Web連載などで法律や裁判の魅力をわかりやすく解説するようになる。著書の執筆・出版に注力し、本書が14作目。

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※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。

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