「私たちの長年行っている疫学調査(ある集団を対象に行う追跡調査)では、太っている人より瘦せている高齢者の方が、追跡調査の8年後には、死亡率が高くなっていました。低栄養状態によって、死亡の危険度は1.5倍も高くなっていたのです。要介護になるのも、瘦せている人の割合が高いとの結果でした」と話すのは、東京都健康長寿医療センター研究所副所長の新開省二先生。一般的に太っているよりも痩せている方が健康に良いと考えられがちですが、あまり食べずに「低栄養」状態になってしまうのは、実はとても危険なんです。
「低栄養」、知っていますか?
はっきりした定義はありませんが、健康な体を維持するために必要な栄養素が足りない状態(病気の名前ではありません)をいいます。
【推定数】
‣65歳以上の約15%
‣80歳以上の約30%
【なりやすい人は?】
‣高齢期(65歳以上の人)
‣食べる量が年々減少している
‣ダイエット、太り過ぎを気にして少食
‣健康情報をうのみにする
可能性があるのは?...目安となるのはBMIの数値20以下の人、または血中アルブミン値が4.0以下の人
【原因は?】
‣食べる量が不十分
(噛む力の低下、嗜好の変化による。病気が潜んでいることも)
‣体力の低下→外出しない→食欲の低下から
‣食事の時間が不規則、または回数が減少する
‣誤った知識("粗食が健康に良い"など)
‣さまざまな要因が悪循環を引き起こす
栄養バランスが悪いと血管や筋肉などが壊れる
高齢期に起こりやすいのは、たんぱく質・エネルギー欠乏症(PEM)です。炭水化物の少ない食事では、体はエネルギー不足に陥るため、たんぱく質や筋肉を分解してエネルギー源にします。筋肉は体を動かす、骨を支えるなど、重要な役割を担っているため、筋肉量が減ることで活動量も低下してしまうのです。同時に、女性は閉経に伴う女性ホルモンの急激な減少で、骨密度が低くなって骨がもろくなる骨粗鬆症(こつそしょうしょう)にもなりやすくなります。
低栄養になると...?
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健康寿命が短くなる
男性 脳卒中、心筋梗塞のリスクが高まる
女性 筋肉量の減少、骨密度の低下によって体を動かす機能に影響を及ぼす
脳卒中・心臓病を中心とした心血管病のリスクは、低栄養ではない人の2.5倍
低栄養では、血管が弱くなります。血管の一部が壊死して血管壁に傷がつき、そこに小さな動脈のコブが生じることで、血管を詰まらせる血栓ができてしまい、脳梗塞や心筋梗塞、血管そのものが破れる脳出血にもつながります。
「低栄養」チェックリスト
□夏場はあまり体を動かさない
□食事はそうめんなどのあっさりしたものが多い
□メタボリック・シンドロームを気にして油脂類や卵はほとんど摂らない
□歩く速度が遅くなった
□外出の回数が減った
□特定の栄養素に注目した食事法を実践している
(例:糖質オフダイエット、低炭水化物食事法など)
夏バテで食欲がないと、血中のたんぱく質の一種・アルブミンが少なくなります。アルブミン値は栄養状態を示す指標で、この値が低いと低栄養状態に。低栄養状態の人は夏バテも起こしやすく、アルブミン値が低いと熱中症にもなりやすいので注意しましょう。
目指したいのは「機能的な健康」
多様性のある食事で栄養状態が良くても、身体を動かさないことは筋力や骨密度の減少につながり、また、家に引きこもっていると認識機能の低下に結びつきます。健康長寿には、身体機能、生活機能、社会的機能の三つが大切。相互作用で三つを同時に高めることができます。
低栄養にならない生活習慣
1 食のキーワードは「多様食」
「多様食」とは、同じ分量でも、種類が豊富で栄養素がぎっしり詰まった食事のことです。低栄養で不足しがちな栄養素は、いろいろな食材を食ることで解消することが理想といえます。その目安にすべく、東京都健康長寿医療センター研究所が作成したのが、食に関するガイドライン「食品摂取の多様性スコア(DVS)」です。10種類の食品群を対象に、毎日摂っているかどうかをチェックします。このスコアが高い人ほど健康長寿につながります。
<食品摂取の多様性スコア>
多様性スコアは10項目・各1点で算出します。お肉を食べたら1点、お肉と野菜炒めを食べたら2点といった方法です(スコアの(10)はバターや油を使う料理のこと)。1日に9点以上ある人は生活機能が低下する危険度も低いことが明らかにされています。
(1)肉 点
(2)魚介類 点
(3)卵 点
(4)大豆・大豆製品 点
(5)牛乳・乳製品 点
(6)緑黄色野菜 点
(7)海藻類 点
(8)いも 点
(9)果物 点
(10)油を使った料理 点
あなたの合計点は? 点
2 家の中でもできる筋トレをしよう!
低栄養で衰えた筋力の強化のためには、筋トレが重要になります。スクワットは下半身の筋肉を鍛えるのに効果的です。主に大殿筋(お尻の筋肉)、大腿四頭筋(太もも前面の筋肉)を鍛えます。両足を開いて腰に手を当て、5秒かけてゆっくり腰をかがめて元に戻します。10回1セットで1日3セットが目安です。無理のない範囲で行いましょう。
<スクワットのポイント>
●背中は床に垂直に上下する
●ひざを90度くらいに曲げた位置まで腰を下後方に下ろす
3 とにかく出かけよう! 買い物も通院も立派な外出です
足腰が悪くても1日1回以上外出する人は、そうでない人に比べて足腰の悪さを回復しやすいことが、新開先生の研究で分かりました。外出は脳も活性化させます。外出の目的にかかわらず、買い物でも通院でも、心身に良い影響を与えるのです。とにかく毎日お出掛けしましょう!
新開省二(しんかい・しょうじ)先生
東京都健康長寿医療センター研究所副所長。医師・医学博士。日本老年医学会や日本公衆衛生学会などの評議員、厚労省「健康日本21(第2次)策定専門委員会」委員などを歴任。