「相手の気持ちが分からない」「その場の雰囲気を察することができない」「整理整頓ができず部屋中に物が散乱している」...。仕事や家庭生活でこんな悩みを持ち、「もしかしたら自分は『大人の発達障害』かもしれない」と考える人が増えているようです。以前は「発達障害」といえば子どもの疾患だと考えられていましたが、近年、大人になってからも症状が続くことが認識されるようになりました。テレビや雑誌などでも「大人の発達障害」として、「ADHD(注意欠如多動性障害)」や、ASD(自閉症スペクトラム障害)の一種である「アスペルガー症候群」などが頻繁に取り上げられるようになっています。
発達障害とはどんな疾患で、どんな特性があるのかなどについて、発達障害の診断・治療の第一人者である昭和大学医学部精神医学講座主任教授の岩波明先生に聞きました。
前の記事「学生時代は成績優秀でも仕事でつまずきADHDに気付く人、ADHDの特性を生かして働く人/大人の発達障害(6)」はこちら。
●ADHD、女性と男性の数はほぼ同じ
「ADHDの女性の数は男性とほぼ変わらないといわれています。その中で結婚、出産をしている人は多数います。女性の人口の約3パーセントがADHDの患者だと考えられていますが、治療を受けている人は2割にも満たないのです。自分にはADHDのような傾向があると把握していても、症状に気を付けながら、あるいはそこを生かしながら生活している人が多いといえます」と岩波先生。
●岩波先生が診断したADHDの女性
【ケース1】一人暮らしを始めたら部屋がゴミの山になってしまったBさん
大学に入り親元を離れて一人暮らしをしたBさんは、片付けが苦手でいつのまにか部屋がゴミの山になってしまいました。勉強への集中力も続かず大学を退学して実家に戻ることに。自分はADHDではないかと病院を受診したところ、予想通りADHDと診断されました。処方された内服薬の服用を続けるうちに効果が出て、就職、結婚、出産を経ていまは専業主婦として子育てをしています。
薬を飲んだ方が集中できると感じているので、内服薬は継続しています。家事全般は苦手なのですが、その点を理解してくれる配偶者で、「万事に細かい女性より、多少だらしなくても大らかな人がいい」と。彼女の症状を長所と捉えてくれる配偶者でよかったとBさんは思っているそうです。
【ケース2】結婚して子どもの多動傾向を知り、自分のADHDに気付いたCさん
30代後半のCさんは1児の母。子どもに多動傾向があると指摘され、インターネットで調べているうちに自分のADHDの症状に気付いて受診。自身もADHDであることが分かりました。子ども時代、友人関係は良好だったのですが、忘れ物が多く不器用で落ち着きがなかったそうです。有名大学を卒業後、事務職で数年間働いたときも、人間関係はよかったものの、仕事ではケアレスミスが目立ったといいます。結婚してからは部屋の片付けができず、洗い物は溜まり、しょっちゅう物をなくしていますが、配偶者が寛容な人で、不注意やだらしなさをあまり気にしないので助かっているそうです。
子育てに関しては特に問題なく、子どもの多動にも気付くことができています。ADHDの治療薬を服用するうちに行動に改善が見られ、いまはパートで事務の仕事をしていますが、ミスはほとんどないそうです。
【ケース3】最初はうつ病だと診断されたADHDの女性Dさん
Dさんは家事や子育てがうまくいかないことが悩みでした。料理では調味料の数が多いと混乱してしまい、メニューを考えることができません。片付けが苦手で集中力が続かず、うっかりミスも多い状態。子どもの世話や家事が重なって忙しいと、強いストレスを感じてふさぎこんでしまうため、うつ病と診断されていました。しかし一向に症状の改善が見られなかったので、担当医から発達障害の専門外来への受診を勧められました。実は子どものころから多動の傾向が見られ、ケアレスミスも多かったDさんはADHDだと診断されました。今後はADHDの薬物治療を行うことになります。
「ケース1、2は軽症例です。軽症の人の場合、病院で治療が必要なのかどうか意見が分かれるところです。しかし診察を受けるのは本人なので、最終的には本人の判断に任されるべきでしょう。ケース3は自分ではうつ病だと思い病院でもうつ病と診断されたのに、実はADHDだったというケースです。ADHDの女性は、普通の人よりも家事や育児によるストレスが大きい場合があります。それをうつ病だと間違って診断されることがあるのです。また実際にうつを伴うこともあります。ADHDの治療のためには正しい診断が必要です」と岩波先生。
次の記事「ASDとは「自閉症スペクトラム障害」のこと。「スペクトラム」って何のこと?/大人の発達障害(8)」はこちら。
取材・文/松澤ゆかり