新しい時代・令和も元気に活躍されている90代の皆さん。
お生まれになったのは、大正や昭和一桁の時代です。
大正から昭和、平成、そして令和へとーー。数多くの経験に基づいたお話は参考にしたいことばかり。今回は、95才で影絵作家の藤城清治さんに、いくつになっても日々はつらつと暮らすための考え方を伺いました。
前半「涙がぽろぽろ出て...終わんないよって(笑)」95歳の影絵作家の巨大ステンドグラス制作秘話/藤代清治さんインタビュー(1)
しゃべるよりも絵で説明するような子だった
「僕は自分の手で作っていきたいという思いがすごく強いんです。子どもの頃から、この子はなんかずっと描いているねと言われてて。ものを説明するのに、口でしゃべるよりも絵で説明するようなところがあった。学校では授業中に先生の似顔絵を描いたりね。似顔絵は先生に見つかってもあまり怒られなかったですよ(笑)。自分の家のミニチュアを作って、瓦を一枚一枚のせて、部屋の中の障子を作ったり。本物の印刷された地図かと見まがうぐらいの地図を描いて色を塗ったり。そういう細かいことをちょこちょこするのが好きだったんですね。そういうのは大人になるにしたがって薄れていくもんなんだろうけど、僕の場合はそのまま自然と絵描きになったんです」
絵の具がなきゃ影絵でいいか停電ならろうそくでいいか
授業中に先生の似顔絵を描いたように、戦中戦後という厳しい時代の中でも、絵を描き続けた藤城さん。
「映画もダメだ芝居もダメだという戦時中でも、学生だから許されたのかな。勤労動員中も描いたり人形劇をしていました。それも抵抗して頑張りぬいてしたことではなく、ただ好きだからどうしてもやりたかったんですね。描くことが生きる喜び。それがなきゃなんのために生きてるのかわからないという感じだった。戦後も絵の具がなきゃ影絵でいいか、紙がなければ木ぎれを切り抜いてもいいや、停電ならろうそくでいいかって、困れば困るほど何か面白いことがあった(笑)。年を取ると、体力を使うことはできなくなるけど手を使って作る影絵はできる。それでいいんじゃないかなと思うんです」
これからも、生きている力を表現していきたい
3カ月に一度の血液検査でもぜんぜん悪いところはないと藤城さん。
「絵を描いてるだけじゃなく、外を歩いてることも大きいんだろうな。朝に7~8千歩、夕方6時ころはこの店(「ラ・ビーカフェ」)まで歩いて1日1万歩。カフェを始めたのは自分の体のためでもあるんです。ここがあるから、毎日顔出さなきゃって歩くでしょ。今日も1万歩歩けた、明日も大丈夫だって、1日1日が大事だということが楽しめる。これからも、生きている力みたいなものを表現したいと思います。この前、青森にねぶた祭を見に行ってね、これをどうしてもやりたいなと思いました。影絵にしたいなと」
黒板に描かれた直筆イラストをはじめ、「ラ・ビーカフェ」店内のあちこちに
藤城さんのイラストや作品がいっぱい。
取材時は、昼過ぎの時点ですでに9626歩でした!