定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、「投資の利益だけで死ぬまで暮らせるか」についてお聞きしました。
若いうちに貯金をして悠々自適?
最近、FIRE(ファイア)という言葉が大きな注目を集めています。
フィナンシャル・インディペンデンス・リタイア・アーリーの頭文字を取ったもので、経済的な安定を早期に確立して、早期リタイアを実現しようという取り組みのことです。
もっと簡単に言うと、一生懸命お金を貯めて、それを投資に回し、投資収益だけで暮らそうという提案です。
この方法だと、元本は減らないので、何歳まで生きても生活の心配がありません。
それは理想的な人生だということで、最近はテレビや雑誌で盛んに取り上げられるようになりました。
FIREでいちばんのキーワードとなるのが、「4%ルール」というものです。
元々は、アメリカの過去70年間の株式収益率が7%で、物価上昇率が3%であることから、差し引き4%の実質収益率が得られるだろうというものだったのですが、この4%というのは、絶妙な数字です。
例えば、数年前に日本でもベストセラーになったピケティの『21世紀の資本』で紹介された過去200年にわたる世界の資本収益率は5%でした。
5%の収益率があれば、税金を20%引かれても、4%は手元に残る勘定になります。
そこでとりあえず、4%ルールを受け入れることにしましょう。
投資収益だけで生活するためには、投資の元本がどれだけ必要になるでしょうか。
生活費を年間300万円と仮定すると、300万円÷4%=7500万円ですから、7500万円貯蓄ができれば、後は一生遊んで暮らせるということになります。
7500万円の貯蓄など絶対に不可能と思われるかもしれませんが、実はそれを達成する人がどんどん出てきています。
夫婦とも正社員の共稼ぎで、子どもをつくらず、生活費を切り詰めて年間300万円の貯蓄をすれば、25年間で達成できる数字です。
そこまで所得が高くなくても、例えば貯蓄率70%を目標に徹底した節約をすれば、普通の世帯でも不可能ではありません。
私が知っているいちばんの節約家は年収300万円で200万円の貯蓄をしていました。
また、最近の株高が追い風となって、予定以上に早く目標貯蓄を達成する人が続出しているのです。
そうした人の中には、早々に会社に辞表を出して、若いうちから悠々自適の生活を始めている人もいます。
運が悪い人はみるみるうちに資産が減少...
ただ、私はこのFIREというのは、とても危険な人生設計だと考えています。
銀行預金や国債などで、4%の利回りが得られればよいのですが、元本保証の金融商品の利回りは、限りなくゼロに近いのが現状です。
4%の利回りを得ようと思ったら、株式のようなリスクのある商品に投資せざるを得ません。
株式は、継続的に価格が下がっていくこともあり得ますから、毎年安定的な投資収益は、得られないのです。
最も運が悪い場合のシミュレーションをしてみましょう。
1989年末に7500万円の貯蓄に成功して会社を辞めた人がいたとします。
直後にバブル崩壊で、株価は下がっていきます。
配当利回りが1%あったとしても、毎年300万円の生活費の引き出しと株式の値下がり損のダブルパンチが襲って、資産は2002年にゼロになってしまいます。
たった13年で、無職かつ無一文になってしまうのです。
そうなってから働こうと思っても、中高年の正社員としての再就職はとても厳しいので、所得の低い非正社員として、一生働き続けることになってしまいます。
それでは、投資収益だけで暮らすことは本当に不可能なのでしょうか。
実は方法はあります。
ピケティの『21世紀の資本』によると投資収益は景気動向にかかわらず安定して5%になっています。
その理由は、富裕層が株価変動にかかわらず、確実に儲かる投資手段を持っているからです。
お金持ちの耳だけに入ってくるおいしい情報が存在するのです。
ただ、彼らの仲間に入るには、最低でも10億円の投資可能資産が必要といわれていますから、庶民には絶対に手の届かない世界です。
だから私は、「投資収益で早期引退・悠々自適」を目標に無理な貯蓄をするのではなく、人生を生まれてから死ぬまで、安定して楽しんだ方が、ずっと幸せだと考えています。
ただ、65歳まで働き続けた人は、その後の人生を貯蓄にかかわらず悠々自適にする手段があります。
それは、公的年金という、死ぬまで決して枯渇しない収入源が得られるからです。
高齢化の進展に伴って、今後の公的年金給付水準は大きく低下していくものとみられます。
ただし、なくなるわけではありません。
最悪でも、現行水準の6割ほどは残るのです。
その6割の水準で、最低限の生活ができるようにしておけば、そこに勤労収入や投資収益を加えて、彩りのある老後を過ごすことが可能になります。
もちろんそれを実現するためには、ライフスタイルの根本的な見直しが必要になります。
具体的な対策は、次回に詳しくお伝えしたいと思います。
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