もうすぐ60代を迎えるエッセイストの岸本葉子さん。これからの人生のために、さまざまな人の話を聞き、人生の終盤に訪れるかもしれない「ひとり老後」をちょっと早めに考えました。そんな岸本さんの著書『ひとり老後、賢く楽しむ』(文響社)から、誰にでも訪れるかもしれない「老後の一人暮らし」を上手に楽しく過ごすヒントをご紹介します。
自分の毎月の収支を知っていますか?
自分の収支について、将来誰かがわかるようにはしてありましたが、今現在の自分を知らなかったことを、実際に専門家に相談に行って、痛感しました。
ファイナンシャルプランナーの中村芳子先生にまず聞かれたのが、「不動産収支がどうなっているかおわかりですか」ということでしたが、それからして「いいえ」と答えるしかありませんでした。
私は自宅マンションの他に、人に貸している不動産があります。
父に引っ越してきてもらった家ですが、マンションの一部屋をそのために買いました。
自分の家のそばで、介護に通ってきたきょうだいが泊まることのできる広さです。
介護用のマンションを借りると、家賃はいわば「持ち出し」なので、父が長生きすればするほど負担感は増していきます。
それは精神衛生上よくないなと思いました。
買ってしまえば父がどれほど長生きしても、別に家が減るわけではないし、介護が終わった後は資産として残ります。
そう考えて、かなり思い切った決断ではありましたが、40代半ばで3000万円ものローンを、銀行で組んで買ったのです。
それを父の介護に5年間使った後、人に住んでもらうということにしました。
不動産仲介会社に管理を委託し、そこから家賃が入ってきます。
一方ローンは払っているので、差し引き月に10万ぐらいの収入です。
ただローンは78歳まであるので、今現在は10万円の収入だけれど、家賃が得られなくなってもローンは払い続けないといけないし、銀行に払う利息もあるし、不動産を持っていることでかかってくる税金や諸費用もあるしで、それらいっさいがっさいを含めた「収支」となると、全然わかりません。
中村先生によれば、そうしたものを差し引いてもなおプラスになっている。
不動産以外の収入はどうかといえば、自営業の私は国民年金と、国民年金基金という国民年金に自分で上乗せするものにも入っていました。
それらがいくらかを計算すると、国民年金と厚生年金で年間70万円くらい、国民年金基金が年間96万円くらい、それらが65歳以上、仕事による収入がゼロになっても一生を通じて入ってくる。
年金収入の他、不動産収入も仮に今のままでずっとプラスで続けば、老後の収入はいくらくらい、不動産を売って現金化したら、あくまで今の評価額だけれどいくらくらい、そういうことを計算してくれて「老後はだいじょうぶです」との回答をいただきました。
まったくの予想外でした。
私はずっと「老後イコール心配」という危機意識でいっぱいでいました。
固定給でない、雇用関係はないので仕事がいつなくなるかもわからない。
国民年金は厚生年金より額が少なく、企業に勤めている人よりは、かなり厳しい。
退職金もゼロ。
過去に病気をした経験から、病気をすればたちまち収入がなくなることも、それでいて治療費はどんどん出ていくことも、身にしみています。
不動産の現金化についても、まるでアテにしていませんでした。
介護用のマンションを買う際、最初は私の自宅を抵当にしようかと考えて評価額を聞いたら、もう驚きの安さで、「え、桁が違うんじゃないですか」と思うぐらいだったのです。
もしかしたら、抵当のための評価額と、売ったらいくらになるかという市場価格とは別なのかもしれません。
そのときはとにかく衝撃で、たしかにバブルが終わってからは、不動産は下がっていく一方と聞くし、ましてや私の住んでいるのは築30年の中古も中古。
資産価値なんて、ほとんどないだろうと諦めていました。
貯金は少しはあるけれど、普通預金口座にあるお金をローンの残債から差し引けば、大いなるマイナス。
貯金より借金の方がはるかに多い。
備えはほんとうにできていないと思い込んでいました。
今いくら資産があるかよりも、
将来自分がどんな暮らしをしたいか
「だいじょうぶ」と言われたけれど、内心はまだ不安です。
不動産収入もあくまで「今のままでずっとプラスで続けば」という仮の話、貸している家に住んでくれている人が明日にも出ていくかもしれない。
年をとっていざお金に換えようとしたら、全然売れないかもしれない。
そもそも東京に地震が来たら、家なんて潰れてしまうのでは。
なきも同然と思わなければ、と。
でも中村先生から言われたことで「だいじょうぶ」という以上に大きかったのは、考え方です。
「今ある資産からはあんまり見ない。自分がこれからどういう暮らしをしたいかから見ていく。それによって資産の持ち方を考えていく」ということでした。
今は資産の少ない人でも、これからいかに効率よく資産を増やしていくかを、ともに考えてくださる。
ファイナンシャルプランナーの方に相談するとは、今の状況だけ見て「あなたはだいじょうぶ」「あなたは心配」といった○×判定を受けることではないのです。
「老後には何千万円必要です」のような数字も示されなかった気がします。
人によって違うということでしょう。
その人の現在を出発点に、「あなたは将来どういう暮らしをしたいですか。今のあなたの資産はこうです。ではこれからどうしていきましょうか」という方向付けをしていく。
先生が言われたのは、私の資産のありかたを見ると、将来の収入に対して強い不安を抱いていたことがよくわかると。
まさしくそうです。
それでいて、自分が今、月々いくらサイズの生活をしているかも知らない。
知らないまま、とにかく準備しなきゃと焦っている。
出発点が間違っていました。
順番として、自分の今現在をまずとらえる。
例えば夫婦ふたりで20万円サイズの暮らしをしているならそのことをまず見据え、では、「そのままの暮らしをしていくならいくらぐらい貯めなければいけない、その目標額が無理そうなら、15万サイズの生活に落としましょう」、そういうのが正しいというか、健全な考え方なのだろうと思いました。
何千万円必要ですといった一般論に振り回されず、自分に即した備え方を探る、そのために専門家の力を借りるのはおすすめです。
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70代から90代の一人で暮らす女性たちの生活から見えてきたひとり老後のコツや楽しみ方が全7章で紹介されています