「なぜヒトだけに老後があるのか」森永卓郎さん考える「老後に備えておくべきもの」

月刊誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。大人世代で心配になってくるのが老後。生活費などの資金や健康に対して不安はつきものです。今回は、「なぜヒトだけに老後があるのか」がテーマです。

この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年9月号に掲載の情報です。

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「老後」を持つ種族が生き残った

東大教授で生物学者の小林武彦さんが、『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)という本を出され、私が出演するニッポン放送のラジオ番組にもゲストでいらしてくださいました。

小林さんのお話で、私が一番驚いたのは、「老後という期間があるのは、ヒトだけだ」ということでした。

動物は、鳥にしろ、虫にしろ、魚にしろ、みな死ぬ直前まで元気に動き回っていて、生殖行動も取ります。小林さんによると、ヒトとDNAの99%を共有するチンパンジーでさえ、死ぬ直前まで生殖行動が可能だそうです。

ところが、ヒトだけに長い老後があります。

生殖期後に数十年の老後生活が待っているのです。

なぜヒトだけに老後があるのか。

小林さんによると、ヒトは社会性を持った生き物で、老後を生きるように進化してきたからだといいます。

DNAの大部分は同じでも、ヒトとチンパンジーの間には決定的な差があります。

それは、人間の脳はチンパンジーと比べて3.5倍も大きいということです。

その高度な脳が生み出す最大の機能が社会性なのです。

昔から、村の長老は、村人たちにさまざまな知恵を授けてきました。

狩りのやり方、作物の育て方、星の見方、病気の治し方などです。

そして、その知恵は長い人生経験のなかで培われたものです。

長老から知恵を授けられた種族と授けられなかった種族では、授けられた種族のほうが生き残る確率が高く、自然淘汰のなかで、「老後」を持つ種族のみが生き残ってきたのです。

そう考えると、私たちは、老後を孤独で過ごしてはいけないということが分かります。

老後にはそれまでの人生で培った知恵を下の世代に伝える責務があるのです。

もちろんその責務というのは、教壇に立って教えるような堅苦しいものではなく、暮らしのなかで行われるコミュニケーションのなかで、知恵を伝えましょうというレベルのものです。

備えておくべきものは「教養」

ただ、それをするためには、老後も健康であることが絶対に必要です。

小林さんのお話で、私がもう一つ興味をひかれたのは、「臓器は使わないと退化する」ということでした。

これは納得できる話です。

例えば、家は、人が住まなくなると、途端に傷んでいきます。

入院して、ずっとベッドで寝ていると、筋力が落ちて歩けなくなります。

それと同じで、臓器も使わないと、機能が落ちてしまうのです。

小林さんによると、最も退化しやすい臓器は、脳だそうです。

私はその話を聞いて、とても納得してしまいました。

一人暮らしのお年寄りで、家で誰ともコミュニケーションを取らずに、ずっとテレビで時代劇ばかりみている人は、あっという間に老け込んでしまいます。

それとは対照的に、人懐っこくて、いつも誰かと話しているような人は、いつまでも若くて元気です。

脳みそがいつもフル回転しているからでしょう。

そうしたことを考えると、私は老後に備えておかなければならない最も重要なものは、老後資金よりも、教養だと考えています。

教養は、英語でリベラル・アーツと言います。

自由に生きるための技術です。

それは学問的な知識に限らず、暮らしに役立つ全ての知恵を指します。

教養を身に付けておけば、その教養を慕って、多くの人が周りに集まり、コミュニケーションが生まれます。

そして、そのコミュニケーションが、脳の退化を防ぎ、いつまでも元気で暮らすことができるのです。

小林さんの話で、もう一つ私の心に残った言葉は、「脳の健康を損なう最大の要因はストレス」だということです。

ストレスを抱えていると、脳の機能が衰えていきます。

だから、老後は、ストレスのない暮らしをしていく必要があります。

そこで考えなければならないのは、老後の仕事です。

私は、生涯働き続けることは、心身の健康のために重要だと考えていますが、問題はその中身です。

年金だけでは生活ができないと言って、やりたくもない単純労働を続けたら、脳がダメージを受けてしまいます。

一方、楽しいことを仕事にしていれば、ストレスから解放されるだけでなく、教養も身に付きますし、コミュニケーションも活発に行えるようになるので、一石二鳥になるのです。

だから、私も高齢者の仲間入りをしてから、お金を稼ぐだけの仕事はやめて、その時間を楽しい仕事に振り替えました。

ただ一つだけ問題があるのは、楽しい仕事ほどお金にならないということです。

私自身、歌手や童話作家、博物館運営、そして農業などを手掛けていますが、一円も報酬を得ていません。

だから一生楽しい仕事をしていこうと思ったら、現役時代にある程度のお金を貯めておくか、生活費を節約して、年金だけで暮らせるライフスタイルを実現することがとても大切だと、私は考えています。

最近、妻が私によく言うセリフがあります。「あなたは最近本当に自分の好きなことしかやらないよね」。

それに対して私は、妻にも同じようなライフスタイルを提案しています。

 

森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』(角川新書)がある。

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『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』

(森永 卓郎/KADOKAWA)

968円(税込)

現在の税金、社会保険制度を徹底的に検証。これからやってくるさらなる増税時代への対処法を解説しています。


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