「便利な時代だからこそ不便な体験が大切!」森永卓郎さんが憂う「日本人の生活力」

月刊誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。ウクライナ戦争の勃発で物価高が襲いましたが、その中で生活習慣をあまり変えなかったのが日本人です。今回は、「日本人の生活力が落ちている」についてお聞きしました。

この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年8月号に掲載の情報です。

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危機でも変わらない消費行動

南米コロンビアのジャングルに墜落した小型飛行機に搭乗していた1歳から13歳の子ども4人が、40日ぶりに発見され、無事に保護されました。

ジャングルのなかには、危険なヘビやワニやタランチュラなどが生息しています。

毒を持つ植物もたくさんあります。

そうした環境のなかで40日も子どもたちだけで生き抜くことができたサバイバル能力の高さに世界から驚愕と称賛の声が寄せられました。

しかし、奇跡が起きたのには理由がありました。

彼らはコロンビアの先住民の子どもたちで、普段からジャングルのなかで生きていく能力を磨いていたのです。

普段できていないことは、危機のときにもできないというのは、危機管理の大原則です。

だから、避難訓練は重要なのです。

もちろん私たちがジャングルのなかでも生き残れるような能力を身に付けるべきだとまでは言いません。

ただ、地震や台風、世界的な干ばつ、パンデミック、そして核戦争にいたるまで、いまの私たちの暮らしが大きなリスクにさらされていることは間違いありません。

しかし、そうした危機に対応できる能力を私たちが身に付けていると言えるでしょうか。

例えば、ウクライナ戦争の勃発で、食料品やエネルギーの価格が大きく上昇し、私たちの生活を物価高が襲いました。

そのなかでコンビニのおにぎりやパンも大きく値上がりしました。

ところが、そうしたなかでも値段の変わっていないコメの消費は、むしろ減少しているのです。

普通に考えたら、自分でご飯を炊いて、おにぎりを作る、あるいはパン食を米飯食に変えれば、物価高を避けられるのに、そうした行動を取る人は非常に少なかったのです。

ペットボトルのお茶が値上がりしても、急須でお茶を入れるように変えた人も、あまりいませんでした。

日本の消費者は、便利になった生活習慣を危機のなかでも変えようとしなかったのです。

それは買い物行動についても言えます。

現在の小売業で、コンビニは好調ですが、価格の安いスーパーは不調です。

物価が高くなれば、価格の安いスーパーに消費者が流れそうなものですが、人々の行動はそうした変化をしなかったのです。

「足りないから作る」でいいのか?

そうしたなか、政府は「食料増産命令法」を整備しようとしています。

有事の食料不足に備えて、花農家にコメやイモを作るよう命令したり、限られた食料がまんべんなく消費者に行きわたるように価格統制や配給制を導入することも視野に入れているそうです。

政府が食料安全保障を本気で考え始めたこと自体は評価できます。

食料自給率(カロリーベース)は、アメリカ121%、イギリス70%、ドイツ84%、フランス131%に対して、日本は38%と先進国のなかで最低水準になっています。

このままでは、大きな有事が起きたとき、日本人は真っ先に飢えてしまうのです。

ただ、有事の際、花農家がすぐにコメを作れるようになるでしょうか。

コメを作るためには水田が必要です。

普通に考えれば、区画を整備し、粘土質の土に入れ替え、農業用水を確保して、初めてコメが作れるようになります。

コメが収穫できるまで、数年の時間が必要になるのです。

また、そもそも耕作面積が大きく減っているので、国民全体の胃袋を満たすだけのコメを収穫することは、とてもできないでしょう。

イモを作ればよいという考え方もあります。

しかし、イモにしても、肥料を入れて、芽かきをして、土寄せをしてと、収穫のためにはそれなりの技術が必要になりますし、連作障害が起きるので、毎年は生産ができません。

さらに種イモの確保が必要になりますから、そう簡単に増産などできないのです。

私は、「有事になったら食料を生産する」という考え方が、そもそも間違っているのだと思います。

食料安全保障のためには、普段から国民が食べるのに十分な量を作っておくべきです。

余った食料は、輸出するか家畜に与えるようにする。

それが、欧米の実践している食料安全保障策です。

食料だけではありません。

例えば、調理をする力、リフォームをする力、裁縫をする力など、つい最近まで多くの日本人が持っていた当たり前の生活力が、いま急速に失われていると、私には思えてならないのです。

もちろん、スマホをクリックするだけで、何でも自宅に届く便利な時代になったのですから、それを利用しない手はありません。

ただ、万が一に備えて、自分自身の力で生き残っていける力を普段から培っておく必要があるのではないでしょうか。

それは決してつらいことではありません。家庭菜園やベランダのプランターで野菜を作り、アウトドアのキャンプでバーベキューをする。

体験農業や釣りをする、日曜大工をするなど、むしろ楽しめることだらけです。

非常用の太陽光発電パネルや、ペットボトルに取り付けるろ過器などは、アウトドアのレジャーの際にも活躍します。

便利な時代だからこそ、不便の体験が大切になるのです。

 

森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』(角川新書)がある。

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