「物価高の中で賃金は上がるのか?」森永卓郎さんが考える「今後の見通し」

定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。物価高がまだまだ続くと不安な2023年ですが、岸田総理の年頭の賃上げ発言に期待する人は多いのではないでしょうか。今回は、「賃金は上がるのか」についてお聞きしました。

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値上げできる企業が持つ強み

岸田総理が、年頭の記者会見で、「物価上昇率を上回る賃上げを実現してほしい」と企業に呼びかけました。

物価が4%も上がるなかで、賃金が上がらないと、生活が厳しくなる一方ですし、年金給付も最終的には賃金に比例して引き上げられるので、老後生活の安定のためにも現役世代の賃上げは重要です。

ただ、総理の要請を受けた企業代表のコメントでは、大企業こそ積極的な姿勢をみせるところが多かったものの、7割の労働者が働く中小企業では、賃上げに慎重な企業が大勢を占めました。

このままいくと、大企業の社員と大企業の賃金に給与水準を合わせている公務員だけが、十分な賃上げを享受できることになりそうです。

なぜ、そんな差がつくのでしょうか。

私は、自社商品の値上げができるかどうかが、賃上げをできるかどうかを決めるのだと考えています。

その典型がユニクロを展開するファーストリテイリングです。

同社は、初任給を25万5000円から30万円へと大幅に引き上げるなど、社員の給与を最大40%引き上げると発表しました。

なぜ、そんなことができるのかと言えば、ユニクロは昨年、フリースの価格を1.5倍に引き上げるなど、大幅な値上げを実施したからです。

マクドナルドも、1年前まで110円だったハンバーガーの価格を170円に引き上げています。

一応、原材料価格や物流費の高騰が値上げの原因とされていますが、私は、理由はそれだけではないと考えています。

理由は、値上げをしても、売上が減らないと判断しているからです。

商品に十分な魅力があり、競合する商品があまりなければ、消費者は商品が値上げされても、買い続けてくれます。

実際、ユニクロやマクドナルドで、客離れは起きていません。

だから思い切った値上げを続けることができるのです。

もちろん、私は彼らの行動を批判しているのではありません。

経済学の教科書にも、企業は利益を最大化するように行動すると書いてあります。

実際、ユニクロもマクドナルドも世界企業で、世界中の企業がやっていることと同じことをしているだけです。

私はこれを資本主義型の価格設定と呼んでいます。

一方、日本の中小企業が行っているのは、社会主義型の価格設定で、原材料費や家賃、人件費などのコストに、ごくわずかの利益を上乗せして販売しています。

このやり方だと、賃上げの原資を確保しにくくなります。

原材料費や物流費のアップ分だけを価格転嫁することはできても、賃上げは難しいのです。

その理由は、社員の給与を上げるために値上げするということを、消費者がなかなか許してくれないからです。

例えば、商店街の総菜屋さんや食堂が、大幅な値上げをしたら、お客さんは、他の店に流れてしまうでしょう。

ですから、今後、中小企業を含めて、賃上げが広がっていくかどうかは、中小企業も資本主義型の賃金決定ができるようになるかにかかっていると言えるでしょう。

ただ、30年も賃金がほとんど上がらない日本社会で、日本国民がなんとか生活できてきたのは、社会主義型の賃金決定のおかげで、物価が上がらなかったためでしたし、長年染みついた企業行動が、そう簡単に変わるかどうかも、よく分からないところです。

ただ、もっと重要なことは、消費者がどう行動するのかということです。

企業が大幅な値上げをしたら、消費者がその商品を買わなくなってしまうと、資本主義型の企業も、値上げができなくなります。

マクドナルドも、一番安かったときには、ハンバーガーを59円(税別)まで値下げしました。

だから、消費者が価格に敏感に反応すれば、物価は上がらなくなるのです。

今後の物価と賃金の見通しは?

正直言って、私は資本主義型の価格設定が日本に広がるかどうか、見通しを迷っています。

一つは、コメの消費量が増えていないことです。

これだけ食料品の価格が上昇するなかで、コメの値段は下がっています。

そうなれば、安いコメに需要が移っていくはずなのですが、そうはなっていません。

一方、回転ずしの業界では、一度値上げをした価格を引き下げたくら寿司は好調ですが、値上げをしたままのスシローの不調が続いています。

もう一つ悩ましいことは、強制貯蓄の影響です。

コロナ禍でも所得が安定していた世帯は、旅行等に出かけることができなくなった分の貯蓄を保有しています。

ですから、いまは値上げをされた商品を買えても、貯蓄を食いつぶすと、値上げ商品の消費が続かない可能性があるのです。

現時点で私は、大企業の一部の商品の値上げは維持され、賃上げも実現するものの、大部分の企業では賃上げが物価上昇に追い付かず、やがて物価が下落傾向になって、日本経済がデフレに舞い戻ってしまう可能性が高いとみています。

国際的な資源価格も下落傾向ですし、為替も円高に向かっていることも、それを後押しするでしょう。

 

森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『長生き地獄にならないための 老後のお金大全』(KADOKAWA)がある。

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この記事は『毎日が発見』2023年3月号に掲載の情報です。

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