老後が近い人の投資リスク。森永卓郎さんに聞く「老後資金の目減り」との向き合い方

定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、「老後資金の目減りにどう向き合うか」についてお聞きしました。電気代・ガス代の高騰や食料品の物価高などで先行き不安は続くのでしょうか。

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物価上昇のピークは脱した

今年1月の消費者物価上昇率は、前年同月比4.3%の上昇と、41年ぶりの高い伸びとなりました。

物価が上がるということは、老後のために貯めてきた貯蓄の購買力がそれだけ下がることを意味します。

これは大きな環境変化です。

例えば1997年から昨年までの25年間で、消費者物価指数は4.7%しか上がっていません。

しかも、この間に消費税率が5%から10%に引き上げられていますから、増税分を除けば、物価はまったく上がらなかったことになります。

そのことは、たとえ定期預金の金利がほとんどゼロでも、あるいは現金で持っていても、お金がまったく目減りしなかったことを意味します。

ところが、インフレが続くと、せっかく貯めたお金が毎年目減りしていってしまうのです。

そこで、一部の経済評論家たちが、いまこそ株式投資に乗り出そうという提言をしています。

実際、1997年末から2022年末までの25年間で、日経平均株価は71%も上昇しています。

また、ニューヨークダウにいたっては、319%も上がっています。

こうした数字を見せられると、やはり老後資金を株式で運用したほうがよいと考えてしまうでしょう。

私も長期的には、預貯金よりも株式投資が有利になる可能性は高いと思いますが、だからと言って、いますぐ多くの資金を株式に移したり、いますぐ株式への定額投資を始めるのは、いかがなものかと考えています。

一つの理由は、消費者物価上昇率は、今年1月がピークで、今後伸び率が下がっていくとみられることです。

その理由は、国際取引される商品価格が、すでにピークアウトしていることです。

例えば、天然ガスの価格は昨年8月のピークから7割も下がっています。

小麦の価格も昨年2月のピークと比べると半額になっています。

それ以外のエネルギーや穀物も、国際取引価格は軒並みピークアウトしているのです。

実際、アメリカの消費者物価指数の前年比上昇率は、昨年6月の9.1%がピークで、今年2月は6.0%まで下がっています。

いくら日本企業の価格変更の対応が遅いと言っても、そろそろ日本の物価も、国際商品価格の下落を反映し始めるはずです。

いまは我慢のしどころなのです。

アメリカの銀行破綻の背景とは?

そして、もう一つ株式投資を慎重に考えるべき事情は、アメリカの景気に暗雲が立ち込めていることです。

3月9日にカリフォルニアの中堅地方銀行であるシリコンバレー銀行の株価が暴落しました。

ほぼ同時に、同行から猛烈な勢いで預金が引き出され、翌日には資金繰りがつかなくなって、経営破綻(はたん)しました。

同行は、シリコンバレーのスタートアップ企業(※)が株式公開で集めた資金の受け入れ先となって急成長しましたが、最近の株式公開市場の低迷で、預金が伸びなくなっていました。

さらに、アメリカが、物価抑制のために金利を引き上げたことで、保有していた国債などの債券価格が大きく下落したことが、破綻の原因になったのです。

米国財務省が、即座にシリコンバレー銀行の預金を全額保護すると表明したため、信用不安が一気に広がることはありませんでした。

このため、影響はごく一部にとどまるという見立てもありますが、私は、米国景気の足を引っ張る深刻な事情が背景にあるとみています。

一つは、この四半世紀、米国の景気を引っ張ってきたデジタル産業の不調です。

フェイスブックを運営するメタは2万1千人、アマゾンは1万8千人の人員削減を発表するなど、米国のIT企業の人員削減数は、今年だけで12.8万人に達しています(3月15日時点)。

こうした環境変化があるからこそ、スタートアップ企業が株式公開で資金を集めにくくなっているのです。

もう一つは、アメリカの高金利です。

物価抑制のために引き上げた短期金利は、すでに4.75%に達しています。

高金利は、景気を減速させるだけでなく、債券価格の下落を通じて、銀行の経営にマイナスの影響を与えています。

じわじわと信用不安が広がる可能性は、消えてはいないのです。

こうした事情を踏まえると、今後、米国株が下落していく可能性は高いですし、もしアメリカの景気が失速すると、リーマンショック後に起きたドル安が再来することも十分考えられます。

もし、そうなったら、米国株に投資していた日本人は、株安とドル安のダブルパンチで、老後資金を大きく減らしてしまうことになりかねないのです。

著名投資家のウォーレン・バフェットが提唱したバフェット指数という株価の割高指標があります。

株式時価総額をGDPで割った数字ですが、100%が適正と言われています。

今年に入って、アメリカのバフェット指数は150%程度で推移していますから、米国株は5割程度過大評価されているということになります。

株式投資は、その割高が解消されてからでも、遅くはないでしょう。

老後が近づいている人ほど、投資のリスクは小さくしないといけないのです。

※革新的なアイデアで急成長が期待される創業間もない企業のこと。

 

森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』(角川新書)がある。

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『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』

(森永 卓郎/KADOKAWA)

968円(税込)

現在の税金、社会保険制度を徹底的に検証。これからやってくるさらなる増税時代への対処法を解説しています。

この記事は『毎日が発見』2023年5月号に掲載の情報です。

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