こんなにあるんですか......全身の骨に転移した「無数のがん」/僕は、死なない。(48)

2016年9月、医師から「肺がんステージ4」という突然の告知を受けた刀根 健さん。当時50歳の彼が「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)。21章(全38章)までの「連日配信」が大好評だったことから、今回はなんと31章までの「続きのエピソード」を14日間連続で特別公開します!

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放射線治療

6月23日、放射線治療の最終日、治療が終わった後で、斉藤先生の診察室に呼ばれた。

今後のことを話すという。

「放射線治療、お疲れ様でした。脳に関しましてはこれでいったん治療は終了です。おそらく大丈夫でしょう。まあ、実際に腫れが引くまでは2カ月くらいはかかると思います。その間、光が飛んだり視界が歪んだり、そういうことが起こることもありますが、気にしないでください。時間が経てばなくなりますので」

「ありがとうございます」

「で、先日受けていただいた骨シンチの結果が来ておりまして......」

数日前に骨専門のCT検査、骨シンチを受けていた。

斉藤先生はPC画面を僕に向けた。

そこには僕の全身の骨、ガイコツの写真が出ていた。

「えっとね、これ、あなたの全身の骨です。でね、この黒くなっているところがありますね」

斉藤先生はガイコツの黒く写っているところの一つをペンで指した。

「この黒くなっているところが炎症が出ているところです」

「炎症といいますと?」

「おそらく、転移しているがんですね」

僕のガイコツは、素人が見てもわかるほど、黒い斑点が無数にあった。

がんは全身の骨に転移していた。

「こんなにあるんですか......」

「うん、まあ全身だね。頸椎から肩甲骨、肋骨。背骨、腰椎から骨盤、股関節から大腿骨もいってるね。放射線は骨転移にも効くんだけど、こんなに全身に転移していたらできませんね。全身に放射線を当てるわけにもいきませんから」

「はあ、そうなんですか」

「でね、ちょっとお聞きしたいんですけど、刀根さんは足がしびれるとか、そういう症状はありませんか?」

「いえ、ないですけど」

「いや、実はですね、ここなんですけど」

斉藤先生は腰骨のCTの画像を映し出した。

「ここ、腰椎です。この部分、結構大きく転移してます。この転移している部分の下に神経が集まっている箇所がありまして、がんの転移が大きくなると、この神経を圧迫する可能性があります」

「はあ」

「そうなると、急に下半身や足が動かなくなったりすることが考えられます。ですので、私としてはこの腰椎の部分だけでも放射線を当てたほうがいいと思っています」

「そうなんですか」

「まあ、骨転移に効く抗がん剤もありますから、今後は刀根さんのドクターチームの判断になると思いますが、私の所見として、今お話ししたことを報告書に書かせていただきます」

斉藤先生はそう言うと、僕の全身のガイコツ写真をプリントアウトして僕に渡そうとした。

「いえいえ、いりません」

僕は断った。

いくら気持ちが安定しているとはいえ、全身転移で真っ黒になった自分のガイコツ写真を眺めても平気でいられる自信はなかった。

ベッドに戻ってからもしばらく、あのガイコツが頭から離れなかった。

あんなに転移してんのか......。

僕の骨、真っ黒だったぞ。

ホントに大丈夫なんだろうか?

本当に治るんだろうか?

いやいや、先のことなんてわからない。

今、落ち込んでどうするんだ。

今できること、それはいい気分に戻ること。

よし、波の音を聴こう。

ベッドに横になりiPodで波の音を聴く。

まぶたの裏に浜辺が出現する。

光り輝く太陽、打ち寄せる波......暖かな海が足元を満たしていた。

ああ、気持ちいいなー。

僕は再び至福に満たされた。

至福から戻った後、あのガイコツ写真に囚われることはなくなっていた。

僕はまた、あの根拠のない確信に戻っていた。

【最終回のエピソード】奇跡が、起きた!「神様、僕、生きていいんですね......」

最初から読む:「肺がんです。ステージ4の」50歳の僕への...あまりに生々しい「宣告」/僕は、死なない。(1)

【まとめ読み】『僕は、死なない。』記事リスト

shoei001.jpg50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこと」として当時を振り返る第2部も必読です。

 

刀根 健(とね・たけし)

1966年、千葉県出身。OFFICE LEELA(オフィスリーラ)代表。東京電機大学理工学部卒業後、大手商社を経て、教育系企業に。その後、人気講師として活躍。ボクシングジムのトレーナーとしてもプロボクサーの指導・育成を行ない、3名の日本ランカーを育てる。2016年9月1日に肺がん(ステージ4)が発覚。翌年6月に新たに脳転移が見つかり、さらに両眼、左右の肺、肺から首のリンパ、肝臓、左右の腎臓、脾臓、全身の骨に転移が見つかるが、1カ月の入院を経て奇跡的に回復。現在は、講演や執筆など活動を行なっている。

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『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』

(刀根 健/SBクリエイティブ)

2016年9月、心理学の人気講師をしていた著者は、突然、肺がん告知を受ける。それも一番深刻なステージ4。それでも「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる代替医療、民間療法を試みるが…。当時50歳だった著者の葛藤がストレートに伝わってくる、ドキドキと感動の詰まった実話。

この記事は『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』(刀根 健/SBクリエイティブ)からの抜粋です。

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