学歴、一流会社にこだわり続ける認知症の義母との同居。イライラが募ります

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ごじょう
性別:女
年齢:63
プロフィール:結婚後30年以上経っての義母との同居生活。ここまで価値観が違っていたのかと改めて思い知らされたアラ還。

17.jpg83歳の義母は30年以上も一人暮らしを続けており、私たち家族はそこから車で1時間余りのところに住んでいました。義母は私の夫である長男と弟の男子二人を育てましたが、その当時の風潮に違うことなく教育に最も力を入れました。いい大学、いい会社に入れば、おのずと幸せな人生が送ることができるという図式です。高度成長時代と相まって、その間、夫の突然の死亡という困難がありながら、いわゆる一流大学、そして一流会社へと、望み通りに子どもたちを育てました。

その自慢の息子である私の夫は、40歳を機に突然退職。その後自宅で仕事を始めたのです。「仕事をする」ということは、朝家を出て会社に行き、夜帰ってくるものだ、という固定観念が抜けきらない義母。退職が事後報告ということもあったのか、私に向かって、「あなたがそばにいながら、なぜ(会社を辞めることを)止められなかったの?」と当時は随分と愚痴られました。

それでもその後は表面上は穏やかに交流しており、孫たちにもいいおばあちゃんとして接してくれていたように思います。私たちも義母に心配をかけないように気を遣い過ごしてきました。

その義母と同居することになったのは、義母が80歳を過ぎたころ。軽い認知症の症状もあり、転倒して骨折したのを機に決心したのでした。

極端な学歴至上主義の抜けきらない義母は、20年以上も前に独立した夫のことをいまだに引きずっていました。同居生活は、それらの価値観の違いが改めて浮き彫りになるものでした。

なぜ一緒に暮らさなければいけないのか、私は一人での生活に慣れている。あなたたちは仕事があるのだろうから、さっさと自分の家に帰りなさい。ここにいたら仕事ができないでしょう?にはじまり、ご近所の手前、息子が昼間から家にいてうろうろされると困るというような理屈も言ってきます。

ちょっと待って、夫が独立したのは20年以上も前の話ですよ。今までの年月で脱サラし、起業したことは理解していてくださったのではなかったのでしょうか?

少し記憶の糸の切れかけている義母は、時間が経過する感覚も薄れかけているようでした。

まがりなりにもこれまで自力で頑張ってきた私たちへの思いやりの言葉もなく、一緒に暮らすことへの不平不満ばかりが口に出てきます。そして相変わらず、せっかくいい会社に入ったのに......という愚痴ばかり。会社勤めをしていたとしても、もう定年を迎える年齢になっているのに、そういうこともわからなくなっているようで、サラリーマンを続けている弟が、昇進した、〇〇賞をもらった、ということをことのほか喜んでいるのです。

そうかと思えば、記憶が錯綜し、夫に向かって「今日は会社が休みなの? 忙しいんじゃなかったの?」と尋ねる場面も。いまだに我が息子が一流会社に在籍していると思い込んでいる姿は哀れにも思えます。

子どもの活躍は、親にとって何よりの生き甲斐とは承知しているものの、なぜもっと本質的な部分で見てくれないのかと感じてしまいます。人を学歴や職業、家柄だけで見てしまい、すべてそれらのモノサシで判断してしまう義母にイライラの募る日々となっています。

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