こんにちは山田あしゅらです。
『13番さんのあな―介護家庭の日常―』というブログで義両親の介護の様子を嫁の目線で綴り始めて10年が経ちました。
前回の記事:全ては不屈の精神から。義父が家の中で厚底スニーカーをはく理由/山田あしゅら
様々な工夫で不自由な身体をカバーしようとする義父。『自分でやれることは極力自分で』と頑張る姿勢は見上げたものですが、一方『人に頼らない→人に頼れない→世話になっているとは思いたくない』という側面も出てきます。
年を取ると悲しいかな、以前易々と出来ていたことがひとつずつ出来なくなっていきます。
頭の能力で言えば判断力、理解力、持続力など。
身体の能力で言えば視る力、聴く力、言葉にする力、臨機応変な手足の動きなど。
それら全般がどうしても若い時ほど上手く稼働しなくなっていくのですから無理もないこと。
特に義父の場合、病気のためにその衰えが普通の人より早かったので気持ちがついていかなかった気の毒な面もありました。
本人も心の中では現状が分かっているのでしょうが、どうしても認めたくない気持ちの方が先に出てしまいます。
しかし介護者の立場からすると結構これが悩みの種となるのです。
中でも一番難儀だったのは、お金がらみのことでした。
いわば義父にとって思うように使える『自分のお金』は最後の砦。
傍から見ると無意味とも思われる通販の浪費も「自分はまだまだこれだけのことが出来るんだぞ」という自己顕示のようなものだったのかも知れません。
長らく続いた野放図な浪費も、このころにはやっと落ち着きをみせていました。
ただ、それで『自分のお金』に対する執着がなくなったというわけではありません。
今度は逆に必要と思われることにもお金を出し渋るようになったのです。
その頃、義父はまだ介護ベッドのレンタル利用のみ。
一方義母はデイサービスの利用はしているものの、介護ベッドは利用しておらず布団に寝起きする毎日でした。
けれど、認知症の進行で身体の動きが悪くなったうえ、少々肥満気味の義母。
横になった状態から起き上がることが困難になり次第に介助が必要となってきていました。
布団での生活はそろそろ限界間近です。
そこで、ケアマネージャーのおーさんと私で「ばあちゃんも介護ベッドのレンタルを頼みたい」と義父に進言したところ、にべもなく
「そんなもの、借りる必要はない。ばあさんが頑張って起きればいいんじゃ」と突っぱねるのです。
義父も介助に苦労している姿を目の当たりにしているはずですが、実際介助するのは嫁の私。
そしてしまいには、
「わしも介護ベッドはいらん。孫たちが使っていた2段ベッドがあっただろう。あれを組み立ててくれれば上の段にわしが寝て下の段にばあさんが寝る。そうすりゃ介護ベッドなぞ金を出して借りなくても済むじゃないか」
と、言い出す始末です。
今では笑い話になるようなお話ですが
こうまで現実を受け入れようとしない義父に、おーさんも私もあきれて返す言葉がありませんでした。
最後の砦の自分たち(義母の分もです)のお金。がっちり財布(通帳)を握っているのは義父ですから、こちらの思うようにプランを組むことは出来ません。
素直でなく、中途半端にしっかりしている(つもりの)被介護者を抱えると
介護者は本当に苦労します。
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