義両親の様子がおかしい...介護生活がはじまった日/山田あしゅら

はじめまして。山田あしゅらと申します。

『13番さんのあな―介護家庭の日常―』というブログで義両親の介護の様子を嫁の目線で綴り始めてもうすぐ10年になろうとしています。

現在の我が家の介護状況を説明しますと...

義父は進行性の難病により歩行困難。身体障がい2級で要介護3。

義母は認知症により要介護4。長年糖尿病も患っています。

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義父は今年3月に誤嚥性肺炎で緊急入院した後、7月より介護老人保健施設(老健)へ入所いたしました。

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義母はデイサービスを利用しつつ、在宅で主に私が介護しています。

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それぞれ長男・長女である主人と私が結婚したのは今から30数前のこと。

最初はアパートで新婚生活をスタートさせたのですが、長男誕生を機に主人の実家を義父が増築。玄関、台所、トイレ、風呂など全て共有の完全同居生活が始まりました。

(2世帯住宅などという選択肢はハナからありませんでした。)

もちろん、その後どこにでもあるような嫁姑の衝突は大小様々ありましたし、

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今でも忘れることのできない恨みごとは、挙げればキリがありません。

しかしそれから次男三男を授かったこともあり、お互いガタガタしながらも何とか同居生活は続いていきました。

そんな我が家の介護の始まりは「いつから」という記憶が曖昧なのですが、義父の難病の診断確定がおそらく契機だったように思います。

歩行の際つまづきやすく、思うように前へ足が運べない他、手の震えなどの症状があらわれ始めた義父。

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当初はなかなか原因が分かりませんでしたが、あちこちの医療機関をまわった末、やっと病名が確定。

それは、脊髄小脳変性症という、進行性で次第に手や足、言語の機能が侵されていく指定難病でした。

病気の進行を遅らせる薬が高価なため、長期服用には助成が必要です。

担当医から身体障害者手帳の申請を勧められ、とりあえず私が手続きに走りました。

審査が通って交付が受けられほっとしたのもつかの間、しばらくすると義父にうつ病の症状が出始めました。

朝、2階の自分の部屋から下りて来て居間のソファーまで来るとそのまま倒れこみ、食事とトイレ以外は1日そこから動きません。

そして晩ごはんを済ますと2階へ上がって行く。

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そんな毎日が2年ほど続きました。

1階が私達の居住スペースなのに、義父が寝ている間はテレビをみることも出来ず、掃除をすることすらままなりません。

仕事で日中家に居ない主人はともかく、私の居場所はまるでありません。

その上、風呂に入らなくなった義父。

常時家の中には重たい異臭が漂っていました。

一方の義母も、それを追うかの如く言動が少しずつおかしくなっていきました。

次の記事はこちら:生気を失った義母の表情に唖然...。見ないフリはもうできない

◇◇◇

山田あしゅら

指定難病及びうつ病の義父(太郎)と認知症の義母(はな子)の介護の日常を、アメーバブログ「13番さんのあな―介護家庭の日常」にて綴り始めて10年近く。 山田家介護のキーパーソンでもある50代主婦。
2017年現在、義父は88歳・要介護3。入院をきっかけに2017年7月、介護老人保健施設(老健)へ入所。 義母は92歳・要介護4。週5日のデイサービスなどでしのぎながら在宅にて介護をしている。 同居家族は夫(としお・60代・会社員)長男(一郎・30代・会社員)。 このほか結婚して独立した次男(二郎・20代・鍼灸接骨院経営)とそのお嫁さん(さくら・看護師)孫(きんとき・2歳)一人暮らしの三男(三郎・20代・会社員)と結構賑やか。 これらの日常をもとに著書『毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です!』を2017年7月に出版した。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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