こんにちは山田あしゅらです。
『13番さんのあな―介護家庭の日常―』というブログで義両親の介護の様子を嫁の目線で綴り始めて10年が経ちました。
義父母が部屋にいないと思ったら、「おたくのおばあちゃん、今そこで倒れて救急車呼ばれたみたいよ」と隣のおばさんが息せき切って駆け込んできました。
前回の記事:義父母の部屋はもぬけの殻。救急車のサイレンが近づいてきて...まさか!?/山田あしゅら
救急車の傍で不安そうにたたずんでいた義父はいつものお散歩スタイル。
救急車に乗せられているのは義母です。
駆けつけた私をみとめると安心したのか言い訳めいた説明を始める義父。
しかし、その姿を見て大体の事情は呑み込めました。
ここ数年、お年寄りの熱中症が夏の到来のたび問題になります。
高齢になると暑さを感じづらくなるためとよく言われます。のどの渇きの感覚も鈍くなって、なかなか水分を摂ろうとしないのもありますが、身体の自由が利く場合、高温であるにも関わらず気にせず外出してしまうというのも原因のひとつのように思います。
ひと昔前とは暑さの質が違ってきているのに、昔のままの感覚だけが残っていて、「これくらい大丈夫」と思い行動してしまう。その辺も怖いところだったりするのです。
また、変化を受け取る感覚も不確実で、朝涼しければ昼高温になったとしても感覚は更新されず涼しい朝のまま。
気温差が激しい時も注意が必要なのです。
これは2010年の6月の話ですが、今年ほどの暑さではないものの、この日も湿度の高いジメッとした不快な状態でした。
おそらく...
昼食後のおやつを近所のコンビニにでも買いに行くつもりだったのでしょうか。
義父は思いつきで行動することが多く、時間を見て涼しくなってから行こうなどとは考えません。
義母は義母で義父が「右向け」と言えば右。昔から夫に表立って歯向かうことのない人でしたので、言われるままについていってしまった・・・そんなところではないかと思います。
救急車で義父を同行させるのもどうかと思い「おじいちゃんは家で待ってて!」と義父に向かって言うと、私を呼びに来てくれた近所のおばさんが
と引き受けてくれました。
このおばさん、私に急を知らせにきてくれた時
と、アドバイスしてくれていたのです。
お陰で保険証、お薬手帳、糖尿病手帳一式を携えて家を出てくることができました。
ちょうど、義母の内科受診に行くところでしたので準備してあり、すぐに持ち出せたのも好都合だったのですが、急な知らせにうろたえる私にとってどちらもとてもありがたいおばさんの助けでした。
すぐ救急車に乗り込むと
義母はストレッチャーに横たわり救急隊員から聞き取りを受けているところでした。
「痛いところはないですか?」
「ないよぉっ」
「生年月日を教えてください。」
「13年の8月○×日っ」
ところどころ修正は必要なものの、受け答えができるくらいしっかりしている義母の様子にまずは安心。
その間、他の救急隊員も搬送先をあちらこちら当たってくれていましたが
患者の容体に緊急性がないとふんだのか
車内は割とのんびりムード。救急車はなかなか動きません。
結局、2キロほど先の病院が受け入れてくれることが決まり
数分で搬送先の病院に到着しました。
先生は義母を診て
救急隊員から散歩の途中で倒れたことを聞くと
とあきれ顔・・・
まぁ当然の反応ですが、叱られるのは私。なんか腑に落ちません。
診察後、点滴を打ってもらった義母は少しずつ顔に生気が戻ってきました。
元気になると義父への文句が次から次へと出る出る。
なのに
と、倒れたことはきれいさっぱり忘れてしまっている様子です。
義父に置いて行かれた腹立たしさは覚えているけど、自分が倒れた時のことは覚えていない。
認知症の義母の不思議なところです。
しばらく休ませてもらった義母は立ち上がって歩けるようになり、タクシーで家に帰ることができました。
帰宅後、義父が私からガッツリ怒られたことは言うまでもありませんが
どこまで分かっているのやら?
まぁ、
こんなことで済んで本当に良かったんですけどね・・・。
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