聞き覚えのある「怒鳴り声」が...。近所の仮設住宅に越してきた母/かづ

アメブロで「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」を運営しているかづと申します。現在は夫婦二人と3ニャンとで暮らしています。私の嫁時代の体験を思い出しながら書いています。

前回の記事:「知らぬ存ぜぬでええんや!」災害時にも「助け合いの心」が皆無な姑に...

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1995年1月17日5時46分。私の住んでいる地域は大きな地震に襲われた。

公園や空き地に仮設住宅が建設されることとなり、自治連などが地域各所の代表会議で、その仮設住宅に今後続々と引っ越しで来る被災者へ支援をする為の割り振りが決まり、私はマンションの代表数人の中に入った。

数日後母から電話があった。

「仮設住宅に当たった! ここの地域に娘が住んでいますって言うたら一発で当たった!」

母が当たったその仮設住宅は、自宅から徒歩で5分の所だった。

仮設住宅が建ち、被災者の入居が始まった。

自治連の役員と地域住民それぞれの丁目ごとの代表とで、仮設住宅入居者とのセレモニーが役所主催で開催された。
私はそれに出席してくれないかと自治会長から打診があったが断った。
そんなセレモニーに地域の代表者の一人として参加すれば、嫌でも母の目に付く。

数日後、仮設住宅入居者に米10kgを1袋ずつ配る手伝いがあった。

私は母が入った棟とは別棟を担当させて貰った。
配り終わった後に役員たちが集会所に集合し、お疲れ様としてお茶を飲んで休憩する事になった。

「あっ、そやわ!かづさんのお母さんって仮設に来とんのやね!」

突然役員の一人にそう声を掛けられて、私は固まった。

「えっ...?」

「今日配った人の中にかづさんのお母さんがいてはったんよ。『娘がこの町内に住んでるから早く入れた』って。そやから今日もかづさん来てて、隣の棟に配りに行ってますって言うたんよ」

「いや別にここに娘が住んでるから早く入れた訳や無くて...」

「わかってる♪こんな周りに何にも無い不便なところ、申し込んだらすぐ当たるわ(笑)」

「私そんな力無いし(笑)」

その場は笑いで済み、その後は皆で今後の活動予定や準備の話しで終わった。

早速喋ったか...。
私はその時それしか思い浮かばず、これから母が何をし出すのか不安でしかなかった。

その後も自治連から仮設住宅への支援活動があり、それに参加する事が多かった。
意図的に母の棟の担当から外れる様にはしたが、それも毎回そう言う訳には行かず、母の棟の担当になった時の事。

「あなたかづさん?」

ボランティアに行った先で不意に声を掛けられた。

「はい、そうですけど...。」

「この前はご苦労様でした。お米ありがとうねぇ」

「いえ、別に私が買ったお米じゃないので(笑)」

笑って済ませようとしたら、驚く事を耳にする。

「あんたらの食べとる米は、うちの娘が配ったお米やで」と、母が隣の棟の住民に恩着せがましく言っていたのを知った。

その他にも数々...。

偶然いつも買い物をしているスーパーで母の姿があり、思わず隠れた。
母はレジの列に並んでいたが、なかなか進まないのにイラついたのか、大声で怒鳴っていた。

「ちょっと―!なんで進まへんの―!何グズグズしとんのよ!もうええわ!!」

そう言って母その場に持っていた籠をぶちまいて店を出て行った。

こんなこともあった。

いつも家族で診て貰っている総合病院の事務長から電話があり、母が「私を呼べ」と言ったらしく、駆け付けると病院の事務所で母は怒鳴っていた。

心臓が苦しいと救急車を呼び、病院に到着した途端、大丈夫になったからと受診もせずにタクシーで帰ると言い出したらしい。
それも、これまでこんな事が数回あり、今回は受診しないのなら救急車代を実費で支払えと言われ、それで娘を呼べとなったらしい。

母は生活保護を受給していたのと、狭心症で障がい者手帳も交付されていたので、医療費も無料でタクシー代もタクシー券を利用して無料だった。

金は酒とたばこで消えていたので、救急車代を払えと言われてキレたのだ。

結果的に興奮し過ぎた母の血圧が上がり、そのまま入院する事になった。

当時姑からは、とにかく私が母に金を援助していないか聞かれた。

母が仮設住宅にいる事は、姑は自治会や婦人会に参加していないので、恐らく夫から聞いたのだろう。

驚いた事はもう一つあった。
私は母の金欠は酒とたばこだろうと思っていたが、上弟にせびられるたびに送金していたのだ。
母はもう上弟と一緒に住めるとは思ってはいなかったが、金をせびられる事で自分が必要とされていると思っていた。
上弟は母の事を金づるとしか思っていないが。
私は何度も何度も母に自分の生活の為に金を置いておけと言ったが、以前と同じく「金が欲しいのはあんたやろ!」と言われた。
関連記事:「あんたには関係ないわ!」上の弟にだけ手厚く援助していた母。その目的は...⁉/かづ

私は自治連にお願いして支援活動のグループから外して貰った。
その後2ヶ月も経たない内に、母は復興支援住宅への入居が決まり、仮設住宅から出て行った。
入居してから2年近く経っていた。
私にとってはとても長い2年だった。

続く

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かづ

​ブログ「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」の管理人で、Ameba公式トップブロガー。 ​基本専業主婦の​50代​。子育てが終​り、​夫と4ニャンと暮してい​る​結婚36年目です。 ​一人っ子の夫と結婚し、舅姑の理想の嫁でなかった私の結婚生活においての戦いを思い出しながら書いています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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