<この体験記を書いた人>
ペンネーム:おこめ
性別:女
年齢:45
プロフィール:夫、子供二人がいる派遣社員。コロナで日数入れず扶養に戻りました。
あれは20年前、私が結婚した頃(当時25歳)。
義父(70歳)は休日になると公民館で開かれている将棋教室に通い、シニア世代の将棋仲間と楽しく将棋を打っていました。
その日私は実家に遊びに行っていたのですが、「義父が財布を忘れ物をしたので届けてほしい」と義母が言うので、帰りがけに将棋教室まで行きました。
同世代の将棋教室の仲間の前で嫁(私)が忘れ物を届けると、義父はそれはそれは嬉しそうでした。
「うちのせがれの嫁だぞ!」
将棋仲間の皆さんもいい人たちで「こんなきれいなお嫁さんに忘れ物届けてもらうなんて幸せだなー」なんて言ってもらいました。
義父も嬉しそうだし、私も褒めてもらえて満更でもなかったのですが、この日から義父は何かにつけて私に忘れ物を届けさせようとしました。
時間が許す時はつきあいつつ、次の年妊娠して出産した私。
出産してからしばらくなかったのですが、子供が2歳になる頃からまた始まりました。
今度は嫁と孫を自慢したいようです。
「うちの嫁と孫だぞ!」
将棋仲間も「可愛い嫁さんにお孫ちゃん」と褒めていただいてとっても嬉しいし、義父のことも好きなので、仕方なく行っていました。
しかし、1カ月に2回以上もあるとうんざりしてしまいます。
わざと忘れているんだろうな...と思っていました。
帽子だったり、老眼鏡だったり、ハンカチだったり、なくてもいいだろうと思うものも届けさせたりもしました。
義母が届けると言っても「〇〇ちゃん(私)に持ってきてもらいたい」の一点張りだったそうです。
同居しているわけではないので、それなりに手間なんですよね...。
夫も「ごめんな」と言って義父にも「忘れ物したなら自分で取りに行けよ」と注意してくれてはいました。
そんなある日、体調がおかしいなと思っていた日に義母から電話がきました。
「〇〇ちゃん、じいさんに届けてくれる? ごめんね~」
「ちょっと体調が悪いんで...今日は...」
「分かったよ」
しかし、すぐにまた義母から電話がきました。
「〇〇ちゃんごめんね~、どうしても〇〇ちゃんに届けてほしいっていうのよ」
義母も困っているようでした。
いつも私達を大事にしてくれるご両親なので仕方なく、娘と一緒に義父のところへ行きました。
その日の忘れ物は義父が愛用する扇子。
真夏の暑い日に外に出た私は頭がぼうっとしていて、はうようにして届け物を済ませましたが、家に帰るとやっぱり熱が出てきていました。
夜になり測ってみるとなんと40度!
帰宅した夫に今日の話をすると、ものすごく怒って義父に電話をかけていました。
「体調悪いって言ってるのに、扇子を届けされるなんてどういう神経してるんだ!」
次の日、両親2人で我が家にやってきました。
アイスノンから風邪薬、フルーツやお惣菜などたくさんのものを持ってきました。
私はまだ39度台の熱があり布団でダウンしていましたが、義父は「ごめんね! 〇〇ちゃん」涙声で話しかけてきました。
私は朦朧としているので「大丈夫です」と答えるのがやっと。
義母も「二度ともうさせないからね!ごめんね」と義母まで涙声。
反省しているだろうご両親に夫からの説教は止まりませんでした。
とっても反省しているのでこちらこそ申し訳ないなって思ったけど、ビシッと言ってくれてとても頼もしかったです。
それからは義父の忘れ物を届けさせられることがなくなりましたが、娘の顔を見せに行くついでに、何度か将棋教室に遊びに行っていました。
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